臓器移植がもっと手軽になるかもしれません。

米国のスタンフォード大学で行われた研究によって、免疫抑制剤を飲み続ける必要がない腎臓移植技術が開発されました。

通常、臓器移植を受けた患者は、自分の免疫システムが移植された臓器を攻撃しないように、生涯にわたって免疫を抑える薬を飲み続けなければならず、健康へのリスクが高くなってしまいます。

しかし新たに開発された技術によって、移植を受けた3人の子供たちは、手術後もずっと、免疫抑制剤を飲むことなく、健康に過ごせるようになりました。

移植された腎臓も拒絶されることなく働いており、子供たちの免疫能力も正常に保たれたままでした。

この研究内容の詳細は2022年6月16日に『New England Journal of Medicine』に掲載されています。

目次
免疫抑制なしに臓器移植を子供に行うことに成功!
「聖杯」を完成させた3人の子供たち

免疫抑制なしに臓器移植を子供に行うことに成功!

免疫抑制剤なしに子供の臓器移植に成功! 移植後の経過も良好!
(画像=免疫抑制なしに臓器移植を子供に行うことに成功! / Credit:Canva、『ナゾロジー』より引用)

臓器移植にとって拒絶反応は常につきまとう問題です。

他人の臓器は体にとって異物として認識されるため、臓器移植を受けた人々は、自分の免疫システムが移植された臓器を攻撃しないように、生涯にわたって免疫抑制剤を飲み続けなければなりません。

しかし免疫能力を抑制すると、感染症にかかりやすくなるだけでなく、体内で発生したがん細胞を抹殺する能力も衰えてしまい、がんにもなりやすくなってしまいます。

そこで近年になって、臓器提供者から臓器に加えて免疫細胞の元となる骨髄幹細胞も同時に移植する「二重移植」の試みが行われるようになってきました。

患者の免疫システムを臓器提供者の免疫システムに上書きしてしまうことができれば、理論的には、移植臓器への攻撃が行われなくなります。

しかしこの方法にも本質的な問題がありました。

患者の免疫システムを臓器提供者(他人)の免疫システムに上書きしてしまうと、今度は患者の正常な臓器が、移植された他人の免疫システムから攻撃されるようになってしまうのです。

そのため「完全な免疫力を維持」しつつ、移植された免疫システムによる「拒絶反応を完全に抑える」という2つを同時に成し遂げる方法は「聖杯」とみなされてきました。

(※多くの者が探し求めていても容易にみつからないこと、みつかれば多大な恩恵が得られることから「聖杯」と表現されています)

そこで今回、スタンフォード大学の研究者たちは「聖杯」を得るための第一段階として、遺伝子疾患を抱えた3人の子供(6歳・4歳・8歳)たちに対して、実験的な方法による「二重移植」を行うことにしました。

以前の研究では、同様の遺伝子疾患を持つ患者たちに対して免疫システムの移植を行ったものの、5人中4人が死亡するという痛ましい結果になりました。

(※この移植を受けた子どもたちは免疫系の疾患により、免疫システムの移植を受けなければ予後が厳しい状態でした。死因は移植された免疫システムの誤作動や免疫システムの衰弱による感染症でした)

ですが手法を改善した今回は違いました。

3人の子供たちは二重の移植後も長期間(22~34カ月)、免疫抑制剤を用いることなしに、健康に過ごせていることが確認できたのです。

また試験では重篤な副作用も、確認されていないとのこと。

しかし、なぜ子供たちの体は、移植された免疫システムから攻撃されなかったのでしょうか?

「聖杯」を完成させた3人の子供たち

免疫抑制剤なしに子供の臓器移植に成功! 移植後の経過も良好!
(画像=「聖杯」を完成させた3人の子供たち / Credit:Canva、『ナゾロジー』より引用)

なぜ移植された免疫システムは子供たちを攻撃しなかったのか?

鍵となった要因は子供たちの特殊な遺伝子と子供たちの元々の免疫システムに対する処理方法でした。

以前移植を受けて亡くなった子どもたちも、今回の試験の対象となった3人の子供たちも共通してシムケ免疫骨異形成症(SIOD)という遺伝疾患を抱えていました。

この遺伝疾患では免疫機能と腎臓機能の両方が低下することが特徴として知られており、他者からの免疫システム(骨髄幹細胞)と腎臓の両方を二重移植する必要がありました。

そこで研究者たちはそれぞれの子供の親に提供者となってもらい、段階的な移植を行うことにしました。

免疫抑制剤なしに子供の臓器移植に成功! 移植後の経過も良好!
(画像=実験の全体図:免疫骨異形成症(SIOD)の3人の患者は、免疫能力を穏やかに抑制されたます。次にαβT細胞とCD19 B細胞を排除。最後に腎臓移植を行いました。3人の患者はすべて、22〜34か月の追跡期間中、免疫抑制なしで正常な腎機能を示しました。 / Credit:Alice Bertaina et al . 2022 . New England Journal of Medicine、『ナゾロジー』より引用)

第1段階では、子供たちの元々の免疫システムを一時的に「穏やか」な方法で抑制すると同時に、骨髄中のαβ-T細胞とCD19 B細胞の2種類の排除が集中して行われました。

ターゲットとなった2種類の細胞は移植された親の免疫システムが子供の体を攻撃する原因になります。

以前失敗して犠牲者を出してしまった方法では、患者の免疫能力を徹底的に破壊するという方法のため、予期せぬ致命的な副作用が出てしまいましたが、今回はマトを絞っての処理になっています。

子供たちの免疫システムの処理が終わると、親から取り出した免疫システム(骨髄幹細胞)の移植が行われました。

そして5~10カ月かけて、親の免疫システムが子供の体や免疫システムに馴染んでいくかを調べました。

幸いなことに、移植された親の免疫が子供の体を攻撃している様子は確認されず、研究者たちは次の段階に移行します。

第2段階では、いよいよ親から摘出された腎臓が子供の体へと移植され、経過が観察されました。

結果、3人の子供たちは移植後22~34カ月たっても、免疫抑制剤なしに移植された腎臓を保持できていることが確認されました。

また喜ばしいことに、子供たちが抱えていた遺伝性の免疫不全も大幅に改善されていることも確認できました。

この結果は、親から移植された免疫システムと腎臓が子供の免疫不全を解消すると同時に、正常な腎臓機能を提供できていることを示します。

つまり限定的な条件ながら、子供たちは「完全な免疫力を維持」したまま「拒絶反応を回避」するという「聖杯」の条件を達成し、免疫抑制剤なしでの生活が可能になったのです。