「公正な自由」とは何か?

次に、自由について具体的な問題にフォーカスします。同性やLGBTQの人たちも婚姻できるようになれば(現状、日本の制度では実質的に認められていませんが)、結婚には実質的にさまざまな優遇措置もありますから、多くの人がより公正な状態に置かれると言えるかもしれません。そのためには単に法律などの制度を整備するだけではなく(現状はそれすらできていないわけですが)実際に必要な手続きの間の格差や差別がないかどうかも重要になるでしょうね。

それから世の中に、「同性同士の結婚はあまり好ましくない」といった規範や言説がたくさん流通しているような状態も、やはり公正とは言えないでしょう。規範や固定観念はマジョリティにとってはあまり気にならないかもしれませんが、いろいろな影響を与えることが知られています。

いまでも地方や高齢世代などのあいだで「女性に高学歴は必要ない」とか「女性で理系はちょっと……」などの古い観念は現実に残っていますし、実際の障壁になっています。たとえば象徴的な例として東京大学を挙げると、東京大学の学部生における女子学生の比率は2割、大学院生で3割、女性教授も2割です。他にも、一般に文系において女子学生の比率が相対的に高いことが知られていて、東大でも理系学部や、その他の理工系の大学などではもっと極端な例もあります。日本の男女比と考えると現状は何かがおかしいですよね。「アファーマティブ・アクション」と言いますが、格差への積極的介入は日本でももっと検討されるべきです。

規範と現実は合わせ鏡です。規範は現実に影響を与え、現実も規範に影響を与えます。もちろん自由や平等、公正について完全に達成された状態を想像するのはとても困難です。絶えずいろいろな新しい概念が出てきたり、急に重要視されたりすることでしょう。アンテナを張り続けることが大切です。

自由はいつも脅かされている

さらに、自由については、いつも脅かされていると考えるべきです。

たとえば、「表現の自由」に関しても、いろいろな理屈や事情で制約をかけようという声があがります。ビジネスと衝突する場合などに、悪意なくそういう声が出てくることもあります。安全保障に関係する場合や、危機の最中においてもそういうことが生じがちですね。たとえば私権制限を求める世論の声は、コロナ禍の中で高まっています。

「表現の自由」の場合は、海賊版サイトに対するアクセス遮断を求めるという形で、制約をかけようという声が根強くあります。出版社などからでさえ、利益直結の権利侵害を受けているので実施するべきという声をよく聞きます。でもこれは憲法上、重大な問題があると考えられていてできません。重大な問題とは何かというと、「通信の秘密」の侵害です。海外にある違法アップされた漫画のサーバーにアクセスするリクエストだということを識別するためには、それ以外のものも含めたリクエストを見ないと区別できません。つまり、それは検閲です。「通信の秘密」を暴くことは検閲であり、「表現の自由」を侵害する。だから実施されないわけです。

一度失われた自由を取り戻すのは難しい

また、表現の自由もそうですし精神的自由に関してよく言われるのは、不可逆性についての指摘です。一度損なわれてしまった表現の自由や精神的自由は、取り戻すことはできないかもしれないという懸念です。

たとえば、「知る権利」や「表現の自由」に制約を課すと、政治的選択などについて制約が生じて、ある政党や個人の独裁になってしまう懸念があるので、表現の自由や精神的自由は、他の自由に比して尊重するべきだと考えられています。「二重の基準」などと言われています。独裁から自由民主主義に変わるのは、どの国を見てもとても難しいですし、革命に際して多くのコストを払うことが多いです。なので、もちろん権利が衝突するような場合には対策を考えなければならないのですが、これらの制約はとにかく慎重にやりましょう、最小限にしましょうと考えられてきました。

人々はある意味無邪気に、自ら「自由を捨てたい」と言い出したり、すでにある権利を制限するべきだと言い出したりします。それらの言動は、実はいつの時代もあることです。その声に後押しされる政治的勢力もあります。歴史的に見ればファシズムや全体主義と結びつきがちで、そうした声については、背後の価値観に目を向けながら慎重に扱うべきだということになります。いまも危機に乗じて、コロナ対策のためということで、私権制限を望む声があります。もちろん場合によっては必要ですが、慎重に考える必要があります。

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日本実業出版社のnoteでも『ぶっちゃけ、誰が国を動かしているのか教えてください』の一部を特別に公開しております。
記事はこちら:「SNSの『世論』で政治は動きますか?」|西田亮介さんが教える民主主義とメディアの授業

西田亮介(にしだりょうすけ)

東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授。専門は社会学。博士(政策・メディア)。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。著書に『コロナ危機の社会学 感染したのはウイルスか、不安か』(朝日新聞出版)、『不寛容の本質 なぜ若者を理解できないのか、なぜ年長者を許せないのか』(経済界)、『メディアと自民党』(角川新書、2016年度社会情報学会優秀文献賞)など。

ぶっちゃけ、誰が国を動かしているのか教えてください」
ぶっちゃけ、誰が国を動かしているのか教えてください
「よくわからないけどダメそう」な日本の政治について、気鋭の若き社会学者と考える。生まれたときから当たり前のようにあるけれど、正体はよくわからない「民主主義」や「自由」の価値と意味。

著者:西田亮介

価格:¥1,760(税込)

提供元・日本実業出版社

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