虚数の測定に成功したようです。

3月1日に『Physical Review Letters』(理論パート)と『Physical Review A』(実験パート)に掲載された論文によれば、量子の世界において虚数で表現される部分が、粒子の状態において決定的な役割を果たすことが示されました。

具体的には、もつれ状態にあり、かつ実数部分の情報が同じで見分けがつかない光子のペアを、虚数部分の情報を元に見分けたのです。

何を言っているのかわからないと思いますし、にわかには信じがたい内容ですが、論文が掲載された『Physical Review』は物理学では最も権威がある科学雑誌であり、信ぴょう性は高いと言えます。

しかし、いったいどんな方法で、虚数は観測されたのでしょうか?

目次
測れる実数と測れなかった虚数
見分けのつかない光子を虚数情報で判別する

測れる実数と測れなかった虚数

ついに虚数を観測することに成功!
(画像=複素数は実数と虚数を合わせたもの / Credit:Canva、『ナゾロジー』より引用)

掛け合わせることで「-1」になる虚数「i」は、現代物理において広く使われている概念です( i × i = -1 )。

一見するとインチキに見えますが、虚数の概念がなければ、電磁気学をはじめとした数々の理論も成り立たず、パソコンもスマホも作ることはできません。

そんな便利な虚数ですが、1つ大きなハンデがありました。

私たちの暮らす物理的な世界には、虚数に直接関係するものがないからです。

箱からリンゴを取り出して、テーブルの上に2個、3個と置くことはできますが、「i個」の林檎は、何が起きても置けません。

これは私たちの世界で、私たちが観測できるものは、全てが実数部分に限られているという大前提があったからです。

ではなぜ、物理学において虚数「i」が多用されるのでしょうか?

その理由は、虚数「i」は物理学において振動現象に関連しているからです。

虚数「i」を使うことで、どういうわけか、計算式に振動現象をうまく組み込めるのです。

もっとも、計算結果から具体的な何かを引き出す場合は、実数部分のみが検討対象となります。

そういう意味では、虚数「i」はあくまでツールでした。

しかし、量子力学では様子が少し異なってきます。

量子世界において粒子には波として「振動する」という性質を持つようになるからです。

この理論の中核となるのが、有名なシュレーディンガー方程式です。

といっても何も難しくありません。

注目して欲しいのはただ1つだけ。

ついに虚数を観測することに成功!
(画像=量子の状態をあらわすシュレーディンガー方程式には虚数が含まれている / Credit:Canva、『ナゾロジー』より引用)

それは上の図で示したように、シュレーディンガー方程式に虚数「i」が含まれているという事実です。

シュレーディンガー方程式は量子の基本法則のようなもの。

その式の中に虚数「i」が含まれている……。

つまり量子の世界では身の回りの世界とは比べ物にならないくらい、虚数「i」の重要性が高いことを示します。

そこで研究者たちは、量子の世界でならば、虚数部分の違いが、現実の観測結果の違いとして識別できる可能性があると仮説を立てました。

ニュートンの運動方程式における速度や距離といった項目がなければ飛んでいくボールの説明ができないのと同じように、量子の状態を正確に知るには、虚数部分が見過ごせません。

見えないから、観測できないからといって、実数部分のみを拾っていては、真の物理法則は描けないのです。

そこで研究者たちは、これまで見過ごされてきた虚数部分の測定に挑みます。

しかし、いったいどんなトリックを使えば、虚数部分の情報をゲットできるのでしょうか?

見分けのつかない光子を虚数情報で判別する

ついに虚数を観測することに成功!
(画像=実数部分は同じで虚数数部分だけが違う、もつれた光子を作る装置 / Credit:USTC、『ナゾロジー』より引用)

虚数「i」を観測するためには何をしたらいいか?

鍵となったのは、近年になって導入された、虚数を実数と同じく、資源として活用するという虚数の資源理論です。

この理論を使うことで、量子情報における虚数の役割を研究することが可能になります。

実際の実験にあたっては、量子的にもつれ状態にある光子ペアが選ばれました。

量子もつれの状態にある光子のペアは、片方の状態が決定すると、もう片方の状態が自動的に決定するという性質があります。

これまでの研究では、観測されて状態が確認されるのは「実数」部分のみでした。

光子は粒子と波という2つの性質を併せ持つために、正確な光子の状態を表記するのには実数と虚数を組み合わせた情報が必要です。

そこで今回、研究者たちは、レーザーとクリスタルを組み合わせた装置で、実数部分が同じながら、虚数部分にのみ違いがある、もつれ状態にある光子ペア(状態Aと状態B)を作り出しました。

これら光子ペアを区別するためには、絶対に虚数部分の情報が必要です。

そしてペアの一方の光子を第三者に送り、情報の読み込みを行いました。

結果として、第三者は虚数部分の情報に応じて、送られてきた光子の状態および、もつれ状態にある未発進の光子の状態も識別することに成功します。

この結果は、量子の虚数部分の読み取りが可能であるだけでなく、情報資源として活用可能であることを示します。