腕が1本増えたら便利かもなんて想像をすることはありますか?

もしそんな事が実現できたとして、新しい体の部位はどうやって制御したらいいのでしょう?

SF作品では、電脳化なんて方法も登場しますが、どうやら指を一本加えるだけなら人間の脳はそのままでも対応可能なようです。

5月19日に科学雑誌『Science Robotics』に掲載された新しい研究は、手の小指の外側に新たな「第3の親指」を追加するデバイスを開発し、その制御に脳が対応できるかを調査しました。

すると驚いたことに参加者は皆、短期間の訓練でこの「第3の親指」を自在に操作できるようになったのです。

ただ、デバイスを外すと今度は脳が混乱しました。

人間の体の拡張は、脳にどんな影響を与えるのでしょうか?

目次
拡張された身体機能「第3の親指」
手腕切断よりも大きな脳への影響

拡張された身体機能「第3の親指」

人間の手において、親指は物を掴むために重要な役割を担う特別な指です。

この親指が増えたら、ちょっと便利になるかもしれません。

ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)などの研究チームは、そんな人間の身体機能を拡張するべく、小指の外側に新たな親指を追加して手を対称形にするデバイスを開発しました。

「第3の親指」を追加された時に脳は柔軟な対応ができる
(画像=第3の親指を追加するデバイス / Credit:Dani Clode Design and The Plasticity Lab, UCL、『ナゾロジー』より引用)

こうした拡張デバイスは、脳波検出を利用するブレイン・コンピューター・インタフェースを利用する場合がありますが、今回は異なります。

この「第3の親指」は足首に取り付けられたセンサーによって、両足のつま先の動きで制御されるのです。

「第3の親指」を追加された時に脳は柔軟な対応ができる
(画像=制御用のセンサーは両足首にあり、つま先の動きで制御できる / Credit:Dani Clode Design and The Plasticity Lab, UCL、『ナゾロジー』より引用)

なんだか、話だけ聞くと難しそうな気もしますが、研究では36人の参加者にこのデバイスを装着し、5日間使用の訓練を行ってもらいました。

最初は多少、新しい親指に戸惑っといる実験参加者たちですが……

「第3の親指」を追加された時に脳は柔軟な対応ができる
(画像=新しい親指にはしゃぐ実験参加者 / Credit:Dani Clode Design and The Plasticity Lab, UCL、『ナゾロジー』より引用)

しかし、参加者たちは、すぐに新しい親指のコツを理解して、さまざまな動作について大幅な改善をすることができました。

カップを手に持ったままコーヒーに砂糖を入れてかき混ぜる、1つ余分にグラスを運ぶなどの運動タスクが可能になったのです。

「第3の親指」を追加された時に脳は柔軟な対応ができる
(画像=親指が追加されるだけでさまざまな新しい動作が可能になる / Credit:Dani Clode Design and The Plasticity Lab, UCL、『ナゾロジー』より引用)

他にも、片手でペットボトルを持ったままキャップを開けたり、マジシャンみたいなカードさばきも可能です。

「第3の親指」を追加された時に脳は柔軟な対応ができる
(画像=これまでもどかしかった片手の動作がすんなりと実行可能になる / Credit:Dani Clode Design and The Plasticity Lab, UCL、『ナゾロジー』より引用)

素直に便利そうと感心してしまいますが、今回の研究者たちの関心はこのデバイスが脳に及ぼす影響です。

研究チームは第3の親指を使用する前と後で、参加者たちの脳にどのような変化があったかを、fMRIを使って調査しました。

すると、驚きの発見があったのです。

それは拡張された体を利用することには、大きな代償が伴う可能性を示唆するものでした。

手腕切断よりも大きな脳への影響

「第3の親指」を追加された時に脳は柔軟な対応ができる
(画像=fMRIの中で手を動かした時の脳の活動を調べた / Credit:Dani Clode Design and The Plasticity Lab, UCL、『ナゾロジー』より引用)

研究チームは、参加者が「第3の親指」を使用する前と後それぞれの、脳活動をfMRIの中で手を動かしてもらい調査しました。

すると、参加者たちは自分の手を精神的に表現して理解する指の神経表現が収縮していたのです。

「第3の親指」を追加された時に脳は柔軟な対応ができる
(画像=指の神経表現に関する脳の活動が萎縮していた / Credit:Dani Clode Design and The Plasticity Lab, UCL、『ナゾロジー』より引用)

これは参加者が「第3の親指」を使用するトレーニングをしたことで、脳の手に関する理解に変化が及んだことを意味しています。

しかし、事故などにより手を失った人であっても、このような変化が確認されたことはありません。

手腕を切断したとしても、人の脳内の手の表現は安定したままです。

それが、たった5日間「第3の親指」を使用しただけで、このような変化が起きたということは、研究者たちから見て些細な問題とは考えられませんでした。

まだ、今回発見された脳の変化が、具体的に何を意味するかは理解されていません。

しかし、この結果は、まだ脳が完全にできあがっていない若年層や子供にとってさらに大きな影響を及ぼす可能性があります。

「このデバイスは、斬新なおもちゃのように見えるかもしれませんが、その効果は子供の遊びではありません。人体拡張技術の脳への影響を検討することは非常に重要です」

研究著者の1人である、UCLのダニー・クロード氏はそのように語り、特に子供や青年にデバイスを与えた場合の、脳の可塑性(変形後戻らずに残る性質のこと)について、危惧しています。

この影響についてはさらに調査を進め、拡張技術が人の運動能力などに生物学的な悪影響を与えないように学んでいく必要があります。

動画を見ると参加者たちは無邪気に楽しんでいるように見えますが、人間の体を拡張する技術については、慎重にならなければいけないようです。


参考文献

ROBOTIC AUGMENTATION CAN TRANSFORM HUMAN BODIES — BUT AT A PSYCHOLOGICAL COST

元論文

Robotic hand augmentation drives changes in neural body representation


提供元・ナゾロジー

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