私たちの手や唇は、体の他の部分に比べて敏感で、周囲の世界の細部を見分けるための重要な道具となっています。

こうした敏感な皮膚は多くの情報を取得するため、感覚ニューロンでつながる脳は、皮膚表面の感覚ために多くのスペースを割いています。

では、そのような敏感な皮膚は、どうやって生み出されているのでしょうか?

今回、ハーバード大学医学部の研究チームは、そんな特定の皮膚部位の感度を高めるメカニズムを明らかにしたと報告しています。

研究の詳細は、10月11日に科学雑誌『Cell」に掲載される予定です。

目次

  1. 皮膚の感覚と脳領域
  2. 敏感な皮膚はなぜ生じるのか?

皮膚の感覚と脳領域

今回の研究チームの1人、ハーバード大学医学部の神経科学社デイビッド・ギンティ(David D Ginty)氏は、研究の意義について次のように説明しています。

「今回の研究の目的は、体の必要な部分で感覚が敏感になることを説明するメカニズムを見つけ出すことです。

進化の観点から見ると、哺乳類の体の形は劇的に変化していて、それに伴って皮膚の表面の感度も変化したと考えられます。

例えば、人間は手や唇の感度が高くなっていますが、ブタは鼻の感度が非常に高くなっています。

これはそれぞれの種が、世界を認識し探索するために必要な感覚だったためです。

したがって、敏感な感覚を形成するメカニズムが解明できれば、異なる種が異なる感度を発達させる理由を説明できるかもしれません。

さらにこの研究の成果は、将来的に、神経発達障害などの病気を解明するためにも役立つ可能性があります」

カナダの脳外科医ペンフィールドは、人間の脳の感覚マップを客観的に表示する方法として、脳で多くの領域を専有する体の各部分を強調表示したホムンクルス(頭の中の小人)という図を作成しました。

これは脳の測定データをわかりやすくアニメチックに視覚化した図と考えてもらっていいですが、ヒトのホムンクルスを立体化させると下の画像のようになります。

からだに「敏感な部分」が生まれるメカニズムが明らかに
(画像=ロンドン自然史博物館に展示されているホムンクルスモデルを三次元化したもの / Credit:en.Wikipedia、『ナゾロジー』より引用)

手や唇が異様に大きく作られていますが、これは脳内でこの部分の感覚が大きな領域を占めている(つまり敏感という)ことを表しています。

そのため、これまでは脳内で敏感な皮膚領域が多く存在するのは、その部分の皮膚に多くの神経細胞があるためだと考えられていました。

しかし、ギンティ氏の以前の研究からは、敏感な皮膚には多くのニューロンが存在しているものの、これらのニューロンの数は、脳のスペース増加(巨大な手や唇の領域)を説明するには十分でないことが明らかとなっています。

彼らは、予想よりも敏感な皮膚を支配しているニューロンの数がかなり少ないことに気づいたのです。

他の何かによって、ブーストされないかぎり、手や唇は脳内でここまで担当する領域を拡大させることはできません。

この矛盾を解決するため、研究チームはマウスを使って神経細胞をさまざまな方法で刺激したとき、脳と神経細胞がどのようになるか画像化する実験を行いました。

すると、発達段階の幼いマウスでは、足の敏感な皮膚の部分の感覚ニューロンが密度を増加させるのに比例して、脳の感覚細胞も密度を増加させていくのがわかりました。

ところが、思春期から成人期にかけては、敏感な皮膚のニューロン密度は変化しなくなったにも関わらず、脳内の神経細胞は増加を続けていたのです。

ギンティ氏はこのことから、脳内の神経細胞の過剰発現には、皮膚の神経細胞密度以外に、何か他の要因があるはずだと考えたのです。

敏感な皮膚はなぜ生じるのか?

からだに「敏感な部分」が生まれるメカニズムが明らかに
(画像=マウスの足。肉球などは敏感な皮膚となる。 / Credit:canva、『ナゾロジー』より引用)

さらに研究を続けたチームは、脳幹が敏感な皮膚表面の感覚を拡大表現するための場所になっていることを突き止めました。

脳幹とは、感覚ニューロンから送られた情報を、より洗練された高次の脳領域へ中継する脳底部にある領域のことです。

この発見により、研究者はあることに気づきました。

それは、敏感な皮膚というのは、感覚ニューロンと脳幹ニューロンの結合に由来しているのではないか? ということです。

そこで、研究チームは、マウスの感覚ニューロンと脳幹ニューロンの結合を、肉球の種類ごとに比較してみました。

すると、毛のない敏感な皮膚は、毛のある鈍感な皮膚と比べて、ニューロン間の結合が強く、数も多いことがわかったのです。

このことから、研究チームはニューロンの結合の強さと数が、脳内で敏感な皮膚を表現する重要な役割を果たしていると結論付けたのです。

つまりブーストは、皮膚から伸びる感覚神経と中継地点の脳幹の接続数増加によって補われていたと言えるでしょう。

からだに「敏感な部分」が生まれるメカニズムが明らかに
(画像=敏感な皮膚は感覚神経が多いのではなく、脳幹との結合が強力だった / Credit:canva、『ナゾロジー』より引用)

また、肌の感覚ニューロンを刺激しなくても、マウスの脳内では敏感な皮膚の部分が発達していきました。

そのため、敏感な皮膚は、時間と共に刺激を受けて発達しているわけではなく、皮膚の種類によって脳が変化を引き起こしていることが示唆されたのです。

これは敏感な皮膚が生じる理由についての、新しい考え方を提示しています。

次に研究者たちは、敏感な皮膚を支配する強いニューロンの結合を指示している仕組みついて調査を進めたいと語っています。

参考文献
Unraveling the Mystery of Touch

元論文
Mechanoreceptor synapses in the brainstem shape the central representation of touch

提供元・ナゾロジー

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