私たちの脳とコンピュータは、どちらも複雑な情報処理を行いますが、その動作方法はまるで異なっています。

特にエネルギー消費の観点から見れば、格段に人間の脳のほうが高効率で、DRAMのような記憶装置は電源が切れれば保持した情報を失ってしまいます。

フランス国立科学研究センター(CNRS)などの研究チームは、2つのグラファイトの間に水分子の電解質層を入れた場合、イオンを利用して人間のニューロンに近い働きが実現できるという理論を発表。

この理論は実現されれば、電源がなくても記憶を保持し続けることのできる不揮発性メモリ(メモリスタ)の開発に役立つ可能性があります。

研究の詳細は8月6日付で科学雑誌『Science』に掲載されています。

目次
ニューロンのような記憶装置
水分子の層でイオンを制御する

ニューロンのような記憶装置

ヒトの脳に近い記憶媒体「人工ニューロン」が考案される
(画像=メモリとハードディスク。どちらも電力の消費は大きい。 / Credit:canva、『ナゾロジー』より引用)

私たちの使うコンピュータは、ハードディスク(HDD)とメモリというものを組み合わせて情報の記録を行っています。

HDDは電源を切ったあとも記憶が保持されますが、記録するための動作が遅いなどの問題は、おそらく多くの人たちが認識しているでしょう。

そのため、使用中のコンピュータの細かなデータ管理はメモリ(DRAM)で行っています。

しかし、このDRAMは応答はいいですが、電源を落とすと保持していた記憶が全て失われてしまいます。

そのため、DRAMは揮発性メモリと呼ばれたりします。

いずれにせよ、コンピュータの記憶や動作には非常に多くの電力を消費します。

一方、私たちの脳もコンピュータ同様に情報の記憶や、複雑なタスクの処理を実行することができます。

しかし、私たちは別にどこかに電源がつながっているわけではありません。

人間の脳が1日で消費するエネルギー量は、わずかバナナ2本分相当だともいわれています。

なぜ、人間の脳はそれほど高効率で動作し、情報が揮発することもないのでしょうか?

(忘れっぽいという人の特性については、また別の科学的な研究が必要でしょうが、私たち人間が大した電力消費もなしに驚くほど多くの情報を保持し続けることができるのは事実です)

この人間の脳機能に大きく貢献しているのが、ニューロン(神経細胞)です。

ヒトの脳に近い記憶媒体「人工ニューロン」が考案される
(画像=人間の高効率な脳活動を支えるベースユニットがニューロン / Credit:canva、『ナゾロジー』より引用)

ニューロンは受け取った刺激に応じて開閉するイオンチャネルという小さな孔の開いた膜を持っています。

ニューロンでは、この細孔の開閉に応じて発生するイオンの流れが電流となって活動電位を作り出しています。

イオンチャネルは幅100ナノメートル未満しかなく、ここでどのように流体が動作しているかということは、完全に解明できてはいません。

しかし、ここの動作を利用し、電子ではなくイオンを利用して情報の伝達ができるようになれば、人間の脳のようなほとんどエネルギーを消費しない高効率なデバイスを作ることが可能になります。

それは電力が失われても情報を保持できる不揮発性メモリ(メモリスタ)と呼ばれるデバイスの開発にも役立つと考えられるのです。

そして今回の研究は、それを実現する方法を考えたというものなのです。

水分子の層でイオンを制御する

ヒトの脳に近い記憶媒体「人工ニューロン」が考案される
(画像=ニューロンの動作と、人工ニューロンのプロトタイプの概要 / Credit:© Paul Robin, ENS Laboratoire de Physique (CNRS/ENS-PSL/Sorbonne Université/Université de Paris).、『ナゾロジー』より引用)

今回の研究チームが考えたのは、導電性のグラフェンの層の間に水分子の非常に薄い単層を挟むというものでした。

これが電場の影響下にあると、水分子層のイオンが集合して細長いクラスターを作り、ニューロンのイオンチャネルと同じような機能を果たすというのです。

これは過去に受けた刺激の一部を保持することもでき、電源がない状態でも記憶を残すことができます。

結果として、これはグラフェンと水分子の層によって形成された人工ニューロンになるというのです。

まだ、これは理論として発表されただけですが、実際にこの理論を元にデバイスを作ることができれば、非常に低電力でフラッシュメモリよりも使い勝手の良い記憶媒体が生まれることになるかもしれません。

また、脳のニューロンと同様の振る舞いをするこのデバイスは、人間の脳に組み込めるデバイスとなる可能性もあるといいます。

イーロン・マスク氏は、脳にコンピュータチップを埋め込む「Neuralink」というシステムの開発も計画していますが、こうした技術はそんな人間と機械の融合に貢献する可能性があるのです。

ただ、コネチカット大学の認知心理学者スーザン・シュナイダー氏は、「こうした技術はあなたの心の内にある考えなどを記録して、それをデータとして売買の対象にしてしまう恐れがある」という警告も発しています。

AIと仕事を取り合うような時代になれば、嫌でも人間はこうしたブレインチップの導入を認めざる負えなくなるだろう、ともシュナイダー氏は語っていて、そうなれば思考が盗聴されるという話も現実になってしまうかもしれません。

さすがに最後の未来予想は、今回の研究からだいぶ飛躍した話ですが、人間の脳機能と近い働きをするデバイスの研究には多くの可能性が秘められています。


参考文献

Scientists Created an Artificial Neuron That Actually Retains Electronic Memories

An artificial ionic neuron for tomorrow’s electronic memories

元論文

Modeling of emergent memory and voltage spiking in ionic transport through angstrom-scale slits


提供元・ナゾロジー

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