現在地球の生物は6番目の大量絶命イベントに直面しているという考え方があります。

地球の気候に大きな変動が生じるのは、地球の歴史上珍しい出来事ではありません。しかし現代の絶滅期は、人類の活動が主な原因である可能性があります。

そのため、この状況を黙って見過ごすことは心苦しいと感じる科学者もいるようです。

2021年3月6日から13日に渡り開催中の『IEEE Aerospace Conference』で発表された新しい研究は、世界的な大災害の発生に備えて、地球上の670万種に及ぶ生物の精子・卵子のサンプルを月面下の溶岩洞を利用した施設に保存するという計画を提案しています。

まさに現代版ノアの方舟というべき壮大な計画ですが、これは実現されるのでしょうか?

目次
地球の壊滅的なイベントから生物種を保護する
月に建設されるノアの方舟

地球の壊滅的なイベントから生物種を保護する

地球の生物670万種の精子・卵子サンプルを月で保存する「ノアの方舟」計画が考案される
(画像=聖書の中で描かれるノアの方舟の物語。 / Credit:canva、『ナゾロジー』より引用)

旧約聖書に描かれるノアの方舟のエピソードでは、神の啓示を受けたノアが巨大な方舟を建造して世界を滅ぼす大洪水を逃れます。

その際、ノアは神の指示に従い世界中の生物の雄と雌を一匹ずつ方舟に保護して、世界の再生のために備えています。

このノアの方舟の現代版と言うべき施設が、ノルウェーに存在します。それが「スヴァールバル世界種子貯蔵庫」です。

地球の生物670万種の精子・卵子サンプルを月で保存する「ノアの方舟」計画が考案される
(画像=スヴァールバル世界種子貯蔵庫。貯蔵庫搬入口(左)。貯蔵庫内部の様子(右)。 / Credit:Wikipedia、『ナゾロジー』より引用)

この施設は予想される深刻な気候変動や大災害を懸念して、多様な植物の種子を冷凍保存している世界最大の施設です。

ここは農作物種などの保存がメインとなっていて、世界滅亡の危機がやってきた際には、ここに保存された種を使って栽培再開の機会を提供することを目的としています。

ちなみにこの施設の稼働を主導したのはマイクロソフト社のビル・ゲイツ氏です。

この施設は永久凍土層に建設されていて、人工的にマイナス20℃近くの温度が保たれていますが、冷却装置が故障した場合でもマイナス4℃は維持することができるとされています。

しかし、地球温暖化は現在想定以上の速度で進んでおり、2016年に永久凍土の溶けた水が施設内に浸透しました。

現代のノアの方舟は思いの外、地上の気候変動に対して脆弱性だったのです。

地球の大規模な気候変動や、大災害から種を保存しようとした場合、その貯蔵庫は地球上では安全に維持できないかもしれないのです。

そこで今回の研究を発表した、米国アリゾナ大学の航空宇宙及び機械工学の教授ジェカン・タンガ氏は、こうしたノアの方舟施設の拡張版となるものを月面に建設しようと提案したのです。

地球の生物670万種の精子・卵子サンプルを月で保存する「ノアの方舟」計画が考案される
(画像=地球の滅亡に対抗するため、生物種は月面に保存するべきだと主張されている。 / Credit: NASA、『ナゾロジー』より引用)

しかし、月面は生命にとって快適な環境とは言い難い印象があります。

果たして月面で地球の生物種を保存するということは可能なのでしょうか? それは一体どのような施設になるのでしょうか?

月に建設されるノアの方舟

月面は、人間が長期間生活しようとした場合、厳しい環境です。

気温はマイナス25℃を下回り、水も空気もありません。しかし、それは逆に種の保存施設にとっては好ましい環境と言えるのです。

先程の紹介した「スヴァールバル世界種子貯蔵庫」は低温を保つために永久凍土層に建設されていましたが、何百年も低温を維持して生物種のサンプルを保存しようとした場合、月面の低温は逆に有利です。

実際、月面基地建設が進行しなければ実現は難しい話ですが、それほど荒唐無稽な計画ではない、と研究者は語ります。

月面には約200本近くの溶岩洞が見つかっています。

何十億年も昔の月は地下に溶岩が流れており、その通り道となった場所が空洞の洞窟となって現代に残っているのです。

地球の生物670万種の精子・卵子サンプルを月で保存する「ノアの方舟」計画が考案される
(画像=月面で発見された溶岩洞の1つ。天井となる地面が崩れて中が露出している。 / Credit:NASA、『ナゾロジー』より引用)

溶岩洞は直径約100m近い大きさがあり、何十億年もの間、太陽放射や微小隕石の落下、表面の温度変化から守られてきました。

この溶岩洞が、施設の建設候補地です。

溶岩洞を利用した月面基地計画は、かなり以前から存在するアイデアで妥当なものだと言えるでしょう。

地球の生物670万種の精子・卵子サンプルを月で保存する「ノアの方舟」計画が考案される
(画像=提案された月の方舟のレイアウトを示す図。 / Credit:UNIVERSITY OF ARIZONA、『ナゾロジー』より引用)

また、月表面にソーラーパネルを設置し、それが施設への電力供給を賄うことになります。

これは月面の低温環境と合わさって、かなり理想的な生物種の貯蔵庫になるでしょう。

タンガ氏の発表では、この施設では植物以外にも、あらゆる生物の精子や卵子のサンプルを670万種保存することを計画しているといいます。

彼はこの670万種のサンプルを実際月輸送する場合、どの程度のコストがかかるかも計算しました。

結果、各生物種それぞれに約50のサンプルを用意して月輸送した場合、約250回のロケット発射が必要になります。

ちなみに国際宇宙ステーションの建設では、資材輸送のために40回のロケット発射を行っています。

これを比較した場合、670万種の生物サンプルを月面に輸送して保存するというのは、それほどクレイジーな大きさにはならないと氏は語っています。

いずれ地球で壊滅的なイベントが起こり、文明が崩壊したとしても、月面に地球再生のための種が残ることになるのでしょうか?

それは恐ろしい話ではありますが、SF的なロマンに溢れた話にも感じられます。


参考文献

Engineers Propose Solar-Powered Lunar Ark as ‘Modern Global Insurance Policy’(The University of Arizona)


提供元・ナゾロジー

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