指紋や顔などを利用した生体認証は、セキュリティレベルの高い本人確認として幅広く利用されています。

今回、名古屋大学・大学院工学研究科に所属する安井 隆雄(やすい たかお)氏ら研究チームは、従来の生体認証よりもセキュリティレベルの高い手段を考案しました。

人口嗅覚センサを利用した「呼気による個人認証」を開発したのです。

実験では、呼気に含まれる分子を分析することで、97%以上の高精度で個人を見分けることができました。

研究の詳細は、2022年5月20日付の科学誌『Chemical Communications』に掲載されています。

目次
長期のなりすましを排除する新しい生体認証
呼気から97%の精度で個人認証できる

長期のなりすましを排除する新しい生体認証

セキュリティレベルを高めるには、個人だけが知る複雑な情報で対象をロックする必要があります。

とはいえ、長い文字列のパスワードを記憶して毎回入力するのは、簡単ではりません。

鍵やカードも役立ちますが、こちらは無くしたり盗まれたりするリスクがあります。

そこで登場したのが、人体の一部を用いた「生体認証」です。

一般的には「指紋」や「顔」、また「虹彩(眼球の色がついている部分)」などが利用されます。

これらの人体部位は、個々人で異なる上、簡単には再現できない複雑なパターンを持っているので、強固なパスワードとして機能するのです。

しかも「タッチしたり、カメラに顔を向けたりするだけ」という手軽さも、大きなメリットになっています。

自分の体の一部なので無くしてしまうこともないでしょう。

口臭チェックで個人認証する新システムが登場!
(画像=生体認証も盗まれることがある / Credit:Depositphotos、『ナゾロジー』より引用)

しかし、これまでに登場した生体認証も完璧ではありません。

例えば、外傷などによって身体的特徴が変化する場合があるからです。

また指紋認証は一度登録されると基本的に変更されないため、採取して偽造されれば長期的ななりすましにつながる恐れもあります。

では、情報が複雑で、盗むことができず、手順も簡単な本人確認の方法はあるでしょうか?

そこで今回の研究チームは「呼気」に目を付けました。

これを聞いても、すぐにピンと来る人は少ないかもしれません。

確かに私たち人間が、他人の呼気を嗅いでも、それが誰のものであるか言い当てることは困難でしょう。わかることはせいぜい「こいつ昨日にんにくを食べたな」とか、そのくらいでしょう。

しかし人工知能(AI)による機械学習を利用すれば、呼気から個人を特定できるというのです。

そして実際にチームは、「呼気による個人認証システム」を開発しました。

呼気から97%の精度で個人認証できる

まず研究チームは、呼気に個人認証が可能な成分が含まれているか分析しました。

その結果、呼気には個人を特徴づける成分が含まれ、人それぞれが異なる呼気成分のパターンをもつと判明。

口臭チェックで個人認証する新システムが登場!
(画像=呼気センシング実験の様子(左)と使用した人口嗅覚センサ(右) / Credit:安井隆雄(名古屋大学)_人工嗅覚センサを介した呼気センシングによる個人認証 ―化学情報による偽造できない生体認証技術実現へ期待―(2022)、『ナゾロジー』より引用)

次にチームは、呼気を分析するための「人口嗅覚センサ」を開発しました。

このセンサは16種類の高分子材料と導電性カーボンナノ粒子で作られており、呼気に含まれるさまざまな分子を検出できるようになっています。

そして人口嗅覚センサにより得られたデータを使って、人工知能に機械学習させました。

これにより呼気に含まれる分子パターンから個人を特定できるようにしたのです。

個人認証の実証実験には、国籍・性別・年齢の異なる6名が参加。

空腹状態の呼気を分析した結果、平均97.8%の精度で個人の特定に成功しました。

口臭チェックで個人認証する新システムが登場!
(画像=実証実験の呼気で得られたセンサ応答マップ(左)と個人識別の特徴量マップ(右) / Credit:安井隆雄(名古屋大学)_人工嗅覚センサを介した呼気センシングによる個人認証 ―化学情報による偽造できない生体認証技術実現へ期待―(2022)、『ナゾロジー』より引用)

また参加者を20名に増やした追加の実験でも、同様の成果が得られました。

呼気によって個人を見分けることが可能だと証明されたのです。

呼気による個人認証システムには、多くのメリットがあります。

ユーザーは息を吐くだけなので、パスワードやカードを忘れて本人確認できない、という事態を避けられます。

また外傷などの要因で変化してしまうおそれもありません。

そしてなにより、膨大な種類の分子群で構成される生体ガスは、盗んだり偽造することが非常に困難です。

とはいえ、食べたものが及ぼす影響を調べたり、もっと多くの人を対象とした実証実験を行なったりするなど、なすべき課題も多く残っています。

今後、これら課題が解決され、人口嗅覚センサのパフォーマンスも向上するなら、「呼気による個人認証」はハイレベルなセキュリティシステムとして確立されていくことでしょう。

未来のルパン三世は、酒気帯び運転の取締のフリでもして対象から呼気を奪って鍵を開けることになるのでしょうか?

それはそれでちょっと面白いシーンになりそうですね。


参考文献

人工嗅覚センサを介した呼気センシングによる個人認証 ―化学情報による偽造できない生体認証技術実現へ期待―

元論文

Breath odor-based individual authentication by an artificial olfactory sensor system and machine learning


提供元・ナゾロジー

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