ウイルスでがんが治るかもしれません。
オーストラリアを本拠地とするバイオ企業「Imugene Limited社」は、がん細胞を殺すように改造されたウイルスを人間に注射する、臨床試験が開始されたと発表しました。
新たな試みでは、人間の害になるウイルスを、がん細胞だけに影響するよう再設計し、がん治療に利用する戦略が用いられています。
驚くべきは、これが現在世間を騒がせるサル痘などを引き起こす種類のオルソポックスウイルスを元にしていることです。
もし臨床試験が成功すれば、治療が困難ながんで苦しむ多くの人々の命を救うことになるでしょう。
臨床試験の計画書は2022年4月26日に『ClinicalTrials.gov』にて公開されました。
目次
がん細胞だけを殺す改造ウイルスが開発された
人間を対象にした第1相の臨床試験が既に開始されている
がん細胞だけを殺す改造ウイルスが開発された
地球上には人間に感染する数多くのウイルスが存在します。
ウイルスが感染した細胞は生命活動を乗っ取られてウイルス生産工場になることを強いられ、最終的に破裂して何千もの新たなウイルスを放出します。
そして放出されたウイルスは体内の別の細胞に感染するだけでなく環境にも放出され、感染拡大を引き起こします。
私たち生命体にとって細胞を破壊するウイルスの存在は、ごく一部の例外を除いて、害悪そのものと言えるでしょう。
しかし強力な敵は使い方によっては強力な味方にもなり得ます。
例えば過去に行われた研究ではエイズウイルスを改良し、人間の赤ちゃんの命を救うことに成功しています。
そこでImugene Limited社の研究者たちは、哺乳類に対して天然痘のような症状を引き起こす「オルソポックスウイルス」の遺伝子を組み変えて、がん細胞だけに感染する「CF33‐hNIS(VAXINIA)」を開発しました。
天然痘と言われると、現在世間を騒がせているニュースが思い浮かぶ人も多いかもしれませんが、噂の「サル痘」もオルソボックスウイルス属に分類されます。
そのため、このウイルスはサル痘などを引き起こすオルソポックスウイルスを元に人工的に作られたキメラウイルスということになるでしょう。
この研究は現在マウス実験で有望な結果が示されています。
がんになったマウスを用いた実験では、CF33‐hNISの投与によってがん細胞が殺害されている様子が確認されたのです。
しかしより重要なのは、殺されたがん細胞がまき散らす断片です。
破裂して死んだがん細胞が増えてくると、人間の免疫システムはがん細胞の断片を「異物」として認識するようになり、それら異物の元となる「がん細胞そのもの」に対する攻撃もはじまっていました。
さらにがん細胞の断片の情報が免疫細胞に記憶され、がんが再発した場合にも速やかに免疫システムによる排除が行える可能性が示されました。
加えて、免疫療法と併用で免疫の攻撃力を増加させるこで、抗腫瘍効果がより高まることが判明します。
この結果は、CF33‐hNISは単にがん細胞を殺すだけでなく、がん細胞の「死体」を使って免疫システムを訓練するリアルタイムのワクチン生成能力があることを示します。
(※CF33‐hNISは腫瘍を溶かすようにして小さくするため「腫瘍溶解性ウイルス」とも呼ばれています)
問題は、同様の効果が人間にも当てはまるかです。
人間を対象にした第1相の臨床試験が既に開始されている
今回Imugene Limited社は、動物実験での成功を経て、人間を対象にした第1相の臨床試験を行うことにしました。
さまざまながん研究が行われていますが、製薬会社が実際に臨床試験に望むのはその中でも特に有望かつ採算が期待できる「一握り」に過ぎません。
逆を言えば、臨床試験に踏み切ることになった腫瘍溶解性ウイルス「CF33‐hNIS」を使ったがん治療は、かなりの有望株とみなされていることを示します。
第1相の試験では主にCF33‐hNISが体に害を与えないかどうかが調査されます。
試験に当たっては治療困難ながんを患う100人の参加者が募集され、さまざまな容量のCF33‐hNISが投与される予定です。
研究者たちはこの作業には2年ほど時間がかかると述べています。
安全性が確認された場合は、CF33‐hNISの有効性の評価が行われる第2相へと進み、最終的には第3相での大規模な試験が行われることになります。
ウイルスは人類にとって手強い敵ですが、その敵を再プログラムすることで人々の健康を脅かす、がん細胞を排除できる強力な薬にできるかもしれません。
その成果が、ちょうど世間を騒がせているサル痘の仲間のウイルスというのは、なんともタイムリーな報告です。
研究者たちは、ウイルスを使ってがん細胞を殺す方法は人類とがん細胞の戦いのルールそのものを変える「ゲームチェンジャー」になりえると述べています。
現在、がん細胞をウイルスで排除しようとする試みは急速に拡大しており、将来的には、がんの種類に応じた多くの「抗がんウイルス」が誕生するでしょう。
参考文献
First Patient Injected With Experimental Cancer-Killing Virus in New Clinical Trial
元論文
A Study of CF33-hNIS (VAXINIA), an Oncolytic Virus, as Monotherapy or in Combination With Pembrolizumab in Adults With Metastatic or Advanced Solid Tumors (MAST)
Recombinant Orthopoxvirus Primes Colon Cancer for Checkpoint Inhibitor and Cross-Primes T Cells for Antitumor and Antiviral Immunity
提供元・ナゾロジー
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