寒い冬にあの暑い夏を思い出すと、夏の暑さを冬まで取っておくことはできないものか、なんて考えてしまいます。
2020年11月25日に科学雑誌『Chemistry of Materials』にて発表された新しい研究は、そんな夢を叶えてくれるかもしれません。
イギリス、ランカスター大学の研究者チームは、その論文で太陽エネルギーを数カ月から長ければ数年も保存できる新しい材料を開発したと報告しています。
新素材はどのようなメカニズムで太陽のエネルギーを保存しておくのでしょうか?
目次
太陽光のエネルギーを数ヶ月蓄える新材料
凍った車のフロントガラスを夏の熱で溶かす
太陽光のエネルギーを数ヶ月蓄える新材料
ランカスター大学の研究チームが発表した新しい結晶性材料は、太陽のエネルギーを取り込んで室温で数カ月間も貯蔵でき、必要に応じて熱の形で放出されることができると言います。
これが実現すれば、ライフラインからは独立したオフグリッドシステムとして利用することができ、遠隔地の暖房や、非常時の補助暖房として活躍できるかもしれません。
また環境にも非常に優しい価値あるエネルギー源としても期待できます。
では研究はどうやってそれを実現させたのでしょう?
これにはMOF(金属有機構造体)と呼ばれる特殊な材料が利用されています。
MOFは金属イオンのネットワークで構成された多孔質な材料のことです。
MOFの重要さは、構造内の小さな穴に他の小さな分子を入れることで、簡単にさまざまな複合材料を形成できる点にあります。
今回の研究で、そのMOFの穴に入れられたのは、アゾベンゼンの分子。アゾベンゼンは光応答性材料とも言われるもので、光や熱などの外部刺激を受けると形状を変化させる性質があります。
アゾベンゼンは機械のような動きができる「分子機械」の一種で、光スイッチとして機能します。
このアゾベンゼン分子がUV光(紫外線)を浴びてMOFの中で歪んだ形に変化すると、紫外線の持つエネルギーは位置エネルギーとして保存されることになります。
そして外部からの熱の変化をトリガーにして、その位置エネルギーを熱の形で非常に迅速に放出することができるのです。
光応答性材料はこの面白い性質により、これまでもいろいろと研究が行われていましたが、そのエネルギーの保存期間はたいてい数時間から、数日しか保ちませんでした。
しかし、この材料は実験の結果、少なくとも4カ月間もエネルギーを蓄え続けることができると分かったのです。
これは季節を超えて光のエネルギーを保存できる可能性を示しています。
凍った車のフロントガラスを夏の熱で溶かす
太陽エネルギーを今回のような光スイッチを利用して保存するというコンセプトの研究は、以前にも存在していました。
しかしこれまでの例では、光スイッチは液体中でなければ利用できないものだったのです。
ですが今回の材料はMOF複合材料を利用することで、液体ではなく固体として化学的に安定した状態を保つことができます。
さらにこの材料は可動部や電子部品も必要としない分子機械であり、その充電方式は太陽光だけなのでエネルギー利用時のロスもほとんどありません。
そのため例えば、車のフロントガラスのコーティングとして採用することで、夏の強い太陽光線からエネルギーを溜め込み、冬になるとガラスの凍結を溶かす熱源として利用することも考えられます。
これはまだ途上の技術のため、エネルギー密度は控えめで実用化させるにはさらなる研究を必要としますが、新しいエネルギー貯蔵庫として大きな可能性を秘めています。
また、光スイッチ分子は、他にもさまざまな用途が考えられます。
これは原理的には正確な光源があれば、分子1つずつを切り替えることもできるため、CDやDVDのような記憶媒体として使うこともできます。
また、MOF材料の中に薬物を閉じ込め、光や熱をトリガーにして体内の特定の箇所で必要量を放出されるということも可能にします。
こうした可動部も電子部品も必要としない、分子機械の材料が、これからの新たな未来を切り開いていくかもしれません。
参考文献
Lancaster University
提供元・ナゾロジー
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