「緑内障」は、世界的な失明原因の上位にあげられる眼疾患です。

眼圧の上昇により、視覚情報を脳に伝える視神経に障害が生じ、視力低下や失明を引き起こします。

緑内障には一般に、眼圧を下げる点眼薬やレーザー治療、手術によって対応しますが、眼圧の上昇は突発的に起こる場合もあるため、早期の治療が困難です。

しかし今回、中国・中山(ちゅうざん)大学の研究チームは、眼圧の上昇を感知して自動で薬剤を放出するスマートコンタクトレンズを開発。

緑内障は早期に対応できれば、視力低下や失明を防げるため、実用化が大いに期待されます。

研究の詳細は、2022年5月17日付で科学雑誌『Nature Communications』に掲載されました。

目次




緑内障の早期発見と治療のために

アメリカ保健指標評価研究所(IHME)のジェイミー・スタインメッツ(Jaimie Steinmetz)氏は、2020年に緑内障の世界的データを分析した研究で、「緑内障は早期に発見できれば、ほとんどの場合、病状の悪化を阻止するか遅延させることが可能」と報告しています。

しかし、緑内障は最初に周辺視野から損なわれるため、一般に発見が困難で、患者本人も気づかないことが多々あります。

また、診断に使用される機器では、日常の中で変動する眼圧のスナップショットしか測定できません。

そのため、スタインメッツ氏は「眼圧状態の監視システム改善や早期治療の向上が重要である」と強調していました。

そこで中山大学の研究チームが注目したのは、コンタクトレンズです。

「緑内障」を検知して自動で薬剤を放出するコンタクトレンズを開発!
(画像=緑内障の早期発見に「コンタクトレンズ」が有効? / Credit: canva、『ナゾロジー』より 引用)

目にぴったりと密着するコンタクトレンズは、視力矯正や眼疾患の治療法として大きな魅力を持っています。

その一方で、小型かつ柔軟で、湾曲した極薄のレンズに、電気回路やセンサーを組み込むことは、非常に難度の高い技術です。

また、緑内障を治療するコンタクトレンズを作るには、眼圧の変化をすばやく察知して適量の薬剤を放出し、それでいて視界を塞いだり、目を刺激しないようにしなければなりません。

スマートコンタクトレンズの仕組みとは?

チームの開発したコンタクトレンズは二重構造になっています(下図を参照)。

まず、上部レンズと下部レンズの間に、眼圧の変化を感知する電子回路を挟み、下部レンズの下に、抗緑内障薬である「ブリモニジン」をコーティングした薄膜をセットします。

「緑内障」を検知して自動で薬剤を放出するコンタクトレンズを開発!
(画像=スマートコンタクトレンズの構造 / Credit: Cheng Yang et al., Nature Communications(2022)、『ナゾロジー』より 引用)

レンズの間に挟まれた電子回路は、くの字型のカンチレバー式(下図の紫部分)になっており、そこに極薄の「エアーフィルム(空気膜)」を引っ掛けています。

このエアーフィルムが眼球からの外圧で圧縮されると、電子回路が眼圧の変化を検知する仕組みです。

そして、眼圧が危険なレベルに達すると、ワイヤレスでブリモニジンが放出されます。

ブリモニジンは、イオントフォレシス(iontophoresis、生体組織に物質を送達するために電流を用いる技術)によって、レンズの裏側から角膜を通過して眼球内に流れ込みます。

「緑内障」を検知して自動で薬剤を放出するコンタクトレンズを開発!
(画像=くの字のカンチレバー式(紫)に引っ掛けた空気膜が眼圧を察知 / Credit: Cheng Yang et al., Nature Communications(2022)、『ナゾロジー』より 引用)

また、複数の電子回路はコンタクトレンズの外縁に配置されているため、装着者の視界を遮ることもありません。

現時点では、ブタとウサギに装着したテストが実施され、眼圧を軽減させることに成功しています。

ただし、人で臨床テストをするには、まだ多くの研究が必要とのことです。

中山大学の電気技師で、本研究主任のチェン・ヤン(Cheng Yang)氏は「このコンタクトレンズは特に、急性の原発閉塞隅角緑内障の治療を目的として設計している」と話します。

「緑内障」を検知して自動で薬剤を放出するコンタクトレンズを開発!
(画像=「原発閉塞隅角緑内障」の仕組み / Credit: 大浦アイクリニック、『ナゾロジー』より 引用)

原発閉塞隅角緑内障は、毛様体で作られた房水が虹彩と水晶体の間を流れにくくなり、溜まってしまうことで、眼圧を上げてしまう症状です。

これには急性と慢性がありますが、急性の場合、眼球内の液圧が突発的に上昇し、一晩で失明してしまうケースもあります。

また、眼の痛みや激しい頭痛、嘔吐などを伴うという。

しかし、スマートコンタクトレンズが、急激な眼圧上昇を察知して、すばやく薬剤を投与できれば、最悪の事態を防ぐことができるでしょう。

さらにチームは、このレンズの製造方法が、コンピューターの回路基板を作るのに使われている、大規模でコスト効率のよい製造プロセスと互換性があるため、容易に大量生産も可能と述べています。

近い将来、このコンタクトレンズが、緑内障治療の主流となるかもしれません。

提供元・ナゾロジー

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