タコの赤ちゃんは、生まれる前から「孤児」になる運命にあります。
というのも、メスのタコは産卵後、食べるのをやめ、自らの皮膚をはぎ取り、触手の先端を噛み切るという自傷行為を始めるからです。
そのため、タコの赤ちゃんが卵から出てくる頃には、母親はすでにこの世にいません。
この奇妙な自殺行為は、何十年もの間、科学者たちを悩ませ続けてきました。
そして今回、米シカゴ大学(University of Chicago)、イリノイ大学シカゴ校(UIC)らの研究により、母ダコの自殺スイッチを押す生化学的なメカニズムの一端が明らかになりました。
それによると母ダコは、産卵後にホルモンバランスやコレステロール代謝の歯車が狂い、それが自傷行為を引き起こしていたようです。
研究の詳細は、2022年5月12日付で科学雑誌『Current Biology』に掲載されています。
産卵したタコの「死に至る病」の正体とは?
研究者たちは1944年、この謎について、「タコの分子的な自殺スイッチは”交尾”によって押されるのではないか」という仮説を立てました。
その後、交尾の関与については解明されなかったものの、1977年に、タコの「視神経腺(optic gland)」が、何らかの”自己破壊”ホルモンの分泌に関わっていることが判明します。
視神経腺はタコの目の間にあり、性的発達と老化に関連することで知られる器官です。
実験では、メスのタコから視神経腺を取り除くと、産卵後の自傷行為がなくなり、数カ月ほど寿命が長くなりました。
そこで本研究チームは2018年、この知識をもとに、産卵後の衰弱段階が異なる2匹のメスダコの視神経腺のRNA配列を解析しました。
RNAは、タンパク質の生成方法に関するDNAからの指示を伝えるものであり、その配列を決定することは、遺伝子の活性レベルや、ある時点での細胞内で起こっている現象を理解するのに有効な方法です。
その結果、より死期の近づいたタコでは、性ホルモン・インスリン様成長因子(ホルモン)・コレステロール代謝を制御する遺伝子において、より高いレベルの活性が見られたのです。
人において、ホルモンバランスの乱れは自律神経失調症の原因となりますし、また、コレステロール代謝の増大は、反復的な自傷行為や摂食障害を引き起こすことがわかっています。
そのため、この生化学的な変化が、タコの自傷行為を引き起こしているものと考えられます。
そして今回、同チームはついに、「交尾したメス」と「交尾していないメス」を対象に、視神経腺から分泌される化学分子を直接分析しました。
その結果、交尾をしたメスだけが、性ホルモン・インスリン様成長因子・コレステロールの前駆体(ある化学物質が生成する前段階の物質)の過剰分泌を起こしていると確認しされました。
つまり、産卵後の生化学的な変化は「交尾」によって引き起こされていたことが証明されたのです。
これら3つの化学分子がいかに「自殺スイッチ」を押しているか、まだ詳細には解明されていませんが、研究チームは「単純にこれらの分子が体内に蓄積されるだけでも、死に至る可能性がある」と述べています。
人間にとって「死に至る病」は”絶望”かもしれませんが、メスダコにとっては”交尾”なのかもしれません。
参考文献
Octopuses Tragically Destroy Themselves After Mating. We May Finally Know Why
Changes in cholesterol production lead to tragic octopus death spiral
元論文
Steroid hormones of the octopus self-destruct system
提供元・ナゾロジー
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