地球規模の飲料水不足を解決するには、海水の淡水化をもっと容易にしなければいけません。
しかし現時点で利用できる水処理膜(海水から塩分を除去するフィルター)には限界があります。
そこで東京大学・大学院工学系研究科に所属する伊藤 喜光(いとう よしみつ)氏ら研究チームは、水を超高速で通しつつ塩は通さない「フッ素化ナノチューブ」を開発しました。
これを利用して新しい水処理膜をつくるなら、海水を高速で真水に変えることも可能かもしれません。
研究の詳細は、2022年5月12日付けの科学誌『Science』に掲載されました。
水処理膜の目標は「アクアポリン」だった
水処理膜の基礎研究において、これまで注目されてきたのは「アクアポリン」でした。
私たち生物の体は細胞が集まってできています。
そしてこれら細胞は、細胞膜に存在する膜タンパク質「アクアポリン」によって水を取り入れています。
アクアポリンには水分子1つがやっと通れるような0.3nm(ナノメートル)の穴が開いており、他のイオンや物質を通さず、水だけを浸透させます。
「アクアポリン」は「水の穴」という意味ですが、まさに名前通りの性質をもっているのですね。
以前から研究者たちは、アクアポリンの高い水透過能と塩除去能に注目しており、これを海水の淡水化に利用できないかと考えてきました。
アクアポリンを模倣した材料を開発することで、高速の淡水化が可能になると考えたのです。
数々の研究が行われてきましたが、現段階では、アクアポリンの性能を大きく超える材料の開発には至っていません。
そこで伊藤氏ら研究チームは、アクアポリンから離れて、別のアプローチを取ることにしました。
アクアポリンの4500倍の速度で水を通す「フッ素化ナノチューブ」
研究チームは、「穴の内壁が水をはじくテフロン(フライパンの表面加工などに用いられる)だったなら、水の透過性はどうなるだろうか」と考えました。
そしてこの好奇心から派生して研究開発されたのが、今回の「フッ素化ナノチューブ」です。
このナノチューブは、内壁がテフロンのようにフッ素で覆われています。
また穴の大きさは0.9nmとアクアポリンよりもはるかに大きくなっています。
これほど大きな穴だと、塩(NaCl)が容易に通り抜けてしまうように思えますが、実際は通しません。
なぜなら内壁が負電荷で帯電しており、同じく負電荷である塩化物イオンの侵入を許さないからです。
さらにフッ素化ナノチューブの内表面には、水分子に働く結合(水素結合)を崩壊させる機能がります。
通常、水はいくつかの分子が結合した状態で存在していますが、このナノチューブに取り込まれるとその結合が失われ、バラバラに分解されてしまうのです。
結果としてチューブ内の摩擦が低減。超高速な水浸透が可能になりました。
フッ素化ナノチューブは、塩を通さずに、水だけを超高速で通すのです。
しかも水浸透の速度は、多くの科学者が目標にしていたアクアポリンの4500倍になります。
研究チームが目標から離れて別の方法にチャレンジした結果、目標をはるかに凌駕する材料を開発してしまったのです。
仮に、フッ素化ナノチューブを同一方向に並べた膜をつくれるなら、他を圧倒する次世代の水処理膜が生まれることでしょう。
今後の進展に大きな期待を抱けます。
素早い海水の淡水化によって、世界の飲料水不足が解決する日は近いのかもしれません。
参考文献
水を超高速で通すにもかかわらず塩を通さないフッ素ナノチューブを開発 —次世代超高効率水処理膜の実現に向けて—
元論文
Ultrafast water permeation through nanochannels with a densely fluorous interior surface
提供元・ナゾロジー
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