人類と大腸菌の知恵比べができるようです。
スペインの国立研究評議会(CSIC)で行われた研究によれば、遺伝子改良された大腸菌に複数の遺伝子活性化薬と抗生物質を特定の組み合わせて与えることで、3マス×3マスの「〇✕ゲーム」をプレイできるように訓練できた、とのこと。
訓練を繰り返す過程で、大腸菌は負けたときにペナルティーとして与えられる抗生物質を避けるために最適な反応パターンを示すようになり、最終的には人工知能の一種であるニューラルネットのように機能しはじめました。
研究者たちは、この手法を用いることで、大腸菌のような菌類を人間のために働く人工知能に変換できると述べています。
最新の人工知能研究は、細菌の生命活動をいかにして演算能力に書き換えたのでしょうか?
研究内容の詳細は2022年4月25日にプレプリントサーバーである『bioRxiv』にて公開されています。
大腸菌に「〇✕ゲーム」を教えることに成功!
現在、人工知能の一種である「ニューラルネット」は、チェスの世界チャンピオンや将棋の名人を負かせるほどに進歩しています。
ニューラルネットではコンピューター内の仮想空間に仮想のニューロンが配置されており、与えられた条件(入力)に対するニューラルネットの判断(出力)を繰り返し評価することで、人間のように学習することが可能になっています。
一方で近年では、現実世界の材料に工夫をこらすことで、ニューラルネットを実体化させる試みも盛んに行われるようになってきました。
そのなかでも注目されているのが、生きている細胞の生命活動を利用する方法です。
大腸菌などの菌類の生命活動を遺伝子操作と学習で再プログラムし、特定の条件下で最適な判断ができるようになれば、学習可能な生体材料として機能できるからです。
そこで今回、スペインの国立研究評議会(CSIC)の研究者たちは、遺伝子操作した大腸菌を材料にして3マス×3マスの「〇✕ゲーム」ができる人工知能を作ることにしました。
「〇✕ゲーム」は一見すると非常に単純なゲームに思えますが、プレイを行うには適切な状況認識や意思決定といった、人工知能に必要な基礎が含まれています。
研究に当たってはまず、特定の化学物質に反応して赤色を発する遺伝子が活性化される大腸菌が作られ、〇✕ゲームの各マスに配置されました。
各マスには対応する化学物質が紐づけられており、人間のプレーヤーが「✕」マークを設定するごとにマスに対応する化学物質が大腸菌たちに与えられます。
たとえば人間のプレーヤーが最初に真ん中のマス⑤の位置に「✕」を設置すると、周囲の8マスに存在する大腸菌たちにはマス⑤に対応する「化学物質5」が与えられます。
大腸菌にはマス目を見て認識することができませんが、マスに対応した化学物質を与えることで、人間の選んだマスを知ることができます。
人間のマス目選択が終わると、次は大腸菌のターンになります。
このとき大腸菌たちの選択として「〇」が設定されるのは、最も赤色が濃い場所になります。
実はマス目ごとに設定された化学物質にはそれぞれ、大腸菌の内部に仕込まれた、赤色を発するための遺伝子を活性化する効果があるのです。
ただ、どのマスにいる大腸菌が最も赤くなるかは、この時点ではランダムです。
上の図では例としてマス①に「〇」が設置されている様子を示しています。
以降は同じような操作が続き、人間の選択に対応する化学物質が残りの大腸菌に与えられ、大腸菌は最も赤く光るマスを選んでいきました。
ただ大腸菌にとって残念なことに、結果がどうなるかは明らかです。
人間側は意図的に3連を狙って行動する一方で、大腸菌側はランダムにマスを選ぶだけなので勝つことはほぼ不可能だからです。
上の図では人間が勝利し、大腸菌側が負けている例を示しています。
大腸菌は運よくマス⑥に入り込むことで人間のあがりを1度阻止できましたが、結局は人間に負けてしまいます。
問題はここからです。
研究では負けたペナルティーとしてマス①・マス③・マス⑥にいる大腸菌たちに対して死なない程度に抗生物質が投与されます。
抗生物質は大腸菌にとっては嫌なものであり、大腸菌たちに自らの選択(赤く光るパターン)が間違いであったことを学習させることになります。
研究ではこのような勝負とペナルティーとしての抗生物質の投与が繰り返されていきました。
すると大腸菌たちは与えられる化学物質と赤く光るべき場所(選択する場所)の関係を構築していき、僅か8回の勝負だけで「〇✕ゲームで人間の3連達成を適切に妨害する」ようになっていることが判明しました。
各マスの大腸菌たちがニューロンの代替となり、抗生物質が神経伝達物質の代替となることで、ニューラルネットのような学習システムが構築されていたのです。
ただこの実験で大腸菌が人間に勝つことはありませんでした。
これはそもそも研究がそこまで目指していなかったためで、大腸菌に「〇✕ゲーム」に勝つメリットは学習させておらず、人間が常に先行真ん中取りをしていたためです。
しかし、明らかに大腸菌がゲームに負けづらくなったのは事実のようです。
この結果は大腸菌のような神経細胞とはまるで異なる細胞でも、その生命活動を利用することで人工知能にできることを示します。
生きている生物をニューラルネットに変換する
今回の研究により、生きている大腸菌の細胞を使って、ニューラルネットのような学習システムが構築できることが示されました。
大腸菌たちは抗生物質を避けるために遺伝子回路に調節を行い、学習を実現していたと考えられます。
研究者たちは、この仕組みはより複雑なタスクにも適応できると述べています。
ただ現状では、バクテリアが化学物質に反応するには時間がかかるために、1勝負は数日がかりになる、とのこと。
また研究者たちは今回の訓練により大腸菌は「負けない」ようにはなるものの「勝つ」にはまた別の学習が必要になると述べています。
加えて各マスにいる大腸菌が互いに連結していないために、厳密な意味でのニューラルネットの定義を満たしているかは議論の余地があるでしょう。
しかしこの仕組みを用いることで、理論上は、人間対大腸菌だけでなく異なる種の大腸菌同士が「〇✕ゲーム」を行うことが可能になります。
なお研究者たちは現在、大腸菌たちにさらに複雑な訓練をほどこし「手書き文字の識別」ができるようなニューラルネットを作成していると述べています。
実験が成功すればそう遠くない将来、人工知能の多くは大腸菌によって作られるようになるかもしれませんね。
元論文
Engineered gene circuits with reinforcement learning allow bacteria to master gameplaying
提供元・ナゾロジー
【関連記事】
・ウミウシに「セルフ斬首と胴体再生」の新行動を発見 生首から心臓まで再生できる(日本)
・人間に必要な「1日の水分量」は、他の霊長類の半分だと判明! 森からの脱出に成功した要因か
・深海の微生物は「自然に起こる水分解」からエネルギーを得ていた?! エイリアン発見につながる研究結果
・「生体工学網膜」が失明治療に革命を起こす?
・人工培養脳を「乳児の脳」まで生育することに成功