熱帯林は多様な生き物がひしめく「生命の宝庫」ですが、一方で、弱肉強食の厳しい世界でもあります。

特に、小さな生物たちは天敵から身を守るために、工夫をしなければなりません。

そんな中、米ニューヨーク州立大学ビンガムトン校(The State University of New York at Binghamton)の研究チームは、中南米の熱帯林に生息するクモ(学名:Trechalea extensa)に、ある特殊な能力があることを発見しました。

なんとこのクモは、普段陸で生活しているにもかかわらず、水中に30分間身を潜められることが判明したのです。

なぜ、そのようなことが可能なのでしょうか。

研究の詳細は、2022年4月11日付で科学雑誌『Ethology』に掲載されています。

目次

  1. 「空気のスーツ」をまとって水中に潜伏

「空気のスーツ」をまとって水中に潜伏

このクモは、サヤアシグモ科(Trechaleidae)の一種で、メキシコ、グアテマラ、ホンジュラス、コスタリカ、パナマなどの中南米に分布します。

小さな胴体と細長い脚を用いて、すばやく移動するのが特徴で、これまで水中に逃げる習性は知られていませんでした。

研究チームは今回、熱帯林でのフィールドワーク中に、このクモが研究員から逃げて、水中に身を隠す行動を発見したといいます。

そして、そのまま観察を続けたところ、クモは30分間も水中に留まることができたのです。

研究主任のリンジー・スワイヤーク(Lindsey Swierk)氏は、こう話します。

「陸上の多くの生物種にとって、水に濡れて熱を奪われることは、捕食者に対処することと同じくらい生存に関わる危険なことです。

にもかかわらず、サヤアシグモが水中に潜伏し、しかもこれほど長い時間とどまっていられることは驚きでした」

微毛の間に溜めた空気で「30分も潜水できるクモ」を発見!
(画像=水中に身をひそめるサヤアシグモ / Credit: Lindsey Swierk Lab、『ナゾロジー』より引用)

空気による呼吸が不可欠であるはずのクモが、なぜ水中にとどまれたのか?

その秘密は全身を覆う細かな毛にあります。

このクモの微毛には、水をはじく「はっ水作用」があり、毛と毛の間に空気を溜め込むことで、全身を「空気の膜」で覆うことができるのです。

上の画像は水中に潜ったクモを撮影したもので、クモの体が銀色に光って見えるのは、空気の膜をまとっているためです。

スワイヤーク氏は「この膜が、呼吸口への水の侵入や、水中での熱損失を防ぐのに役立っているのでしょう」と指摘します。

同じような方法を取るクモとしては、世界で唯一水中生活に適応した「ミズグモ」が有名です。

ミズグモは、お腹にびっしり生えた微毛で空気の膜をつくり、この空気膜を巧みに利用して、葉裏にエアバルーンを設けます。

これが、水中での呼吸口や休憩所として機能するのです。

しかし、今回のサヤアシグモは普段、陸で生活する種であるため、驚きもより大きいと言えるでしょう。

一方で、こうした生物たちの避難行動は、縄張りを放棄したり、仲間を犠牲にしたり等、常に何らかのリスクと表裏一体にあります。

水中への避難の場合は「呼吸の欠如」と「熱の喪失」がリスクとして挙げられ、サヤアシグモが空気膜だけで、どれだけ対応できているかは今後の課題となります。

また、スワイヤーク氏は以前にも、中米コスタリカに生息するトカゲが、鼻先にエアポケットをつくることで16分間も潜水できることを報告していました。

熱帯の陸上生物にとって、水中への避難はかなり有効な天敵対策なのかもしれません。


参考文献

Tropical spider can hide underwater for 30 minutes
Some Tropical Spiders Can Stay Underwater for as Long as 30 Minutes

元論文

Diving behavior in a Neotropical spider (Trechalea extensa) as a potential antipredator tactic


提供元・ナゾロジー

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