「おおっと」と感じる脳回路の秘密が明らかになりました。
米国カリフォルニア工科大学(Caltech)で行われた研究によれば、人間の脳では日常の間違いに気づくときと、専門の知識が必要な場面で間違いに気づくときでは、同じニューロングループが間違い検知に使われている可能性がある、とのこと。
脳のエラー検知システムは無意識のうちに間違いを犯したことを私たちに教えてくれますが、その検知対象が一般的か専門的かはニューロンの違いではなく、つながりかたの違いにあったようです。
エラー検知システムを抑制できるようになれば、存在しないエラーを執拗にチェックする強迫観念の治療につながるでしょう。
また逆にエラー検知システムを活性化させることができれば、統合失調症にみられる本人が気付いていない不適切な言動(言うべきでない言葉を発したり行うべきでない行動をしてしまう)を気付かせることができるかもしれません。
研究内容の詳細は2022年5月6日に『Science』にて掲載されました。
目次
脳にはエラー検知ニューロンが存在する
脳のエラー検出に使われるニューロンに「専門」はなかった
脳にはエラー検知ニューロンが存在する
間違いに気付いた瞬間、私たちは独特の「おおっと」感を抱きます。
これは、私たちの脳には言動を実行するだけでなく、結果の正しさを監視するエラー検知機能が搭載されている証とみなされています。
「おおっと」感が発生すると無意識のうちに脳の注意力が増加し、間違いの正体や原因を探りはじめる力を与えてくれるのです。
しかし「おおっと」感がどのような神経メカニズムでエラーを検知発生しているかは、詳しく解明されていません。
そこでカリフォルニア工科大学の研究者たちは、脳に差し込まれた電極から観測されたニューロンの電気活動データを分析することで、脳がどのように間違いの検出と特定を行っているかを調べることにしました。
実験の前段階としてまず、間違いの監視にかかわると考えられている脳の内側前頭皮質(MFC)に電極が差し込まれました。
(※電極の挿入はてんかんの治療過程として行われていました)
次に研究者たちは、被験者に対して認知の混乱を感じるようなテストを2つしてもらいました。
1つ目は緑のインクで赤と書かれた文字など、文字の色と文字の意味の食い違った単語を提示し、文字の色だけを答えてもらう試験を行ってもらいました。
私たちは長年に及ぶ読書の経験から、文字の意味を答えるほうが得意となっているために、大きな葛藤が生じます(間違えて赤と答えてしまいやすい)。
2つ目は「1-2-2」など2つは同じで1つは異なる3つの数字を示し、仲間外れの数字だけを答えてもらう試験でした。
この試験では画面に「1」「2」「2」の順番で「2」が2回表示されるために、被験者たちは間違って「2」と答えてしまう確率が高くなりました。
研究では、試験中の被験者たちのニューロンの電気活動について記録と分析が行われました。
結果、両方の試験において2つの異なるタイプのニューロンが存在することが判明しました。
1つ目のエラーニューロンは、エラーが発生した際に強く活性化し、2つ目の「競合」ニューロンは被験者が実行した(感じた)試験内容の難しさに応じて活性化しました。
またニューロンの活性化タイミングを調査したところ、全ての活性化が行動完了後(回答後)に起こることが判明しました。
この結果は、「おおっと」感をうみだしているニューロンは行動決定そのものにかかわっているのではなく、あくまで事後の評価に徹していることを示します。
しかしより興味深い発見は、ニューロンの集団活動にみられました。
エラー検知は内容が一般的でも専門的でも、おなじニューロンによってエラー検知が行われていたのです。
脳のエラー検出に使われるニューロンに「専門」はなかった
私たち人間は、抽象的な目的を実行するために、具体的な行動を評価することができます。
たとえば先の2つの試験の場合「正解と定義されたほうを答えよ」という目的を実行するために、エラー検知システムが自動的に作動し、私たちに間違いが起きたことを知らせてくれます。
この「一般的」なエラー検知機能は、私たちから遠回しな学習の手間をはぶき、効率的な目標達成を可能にします。
私たちが初体験する仕事においても、ある程度正解を選んで実行できるのは、この極めて汎用性の高い「一般的」なエラー検出機能があるからです。
(※初めからデキる人はこの一般的なエラー検出能力が高いからかもしれません)
また間違いが起きた場合、特定のミスの内容を検出し、何が失敗したかを探索する問題「固有」のエラー検知も重要です。
ただ問題「固有」のエラー検出機能は、問題に関する知識がなければ実行不能です。
(※問題文の知識があるから何を失敗したかを探れる)
しかしこれら一般的なエラー検出と固有のエラー検出がどのようなシステムによって行われているかは不明でした。
ただこれまでの予測では、ほぼ全自動で私たちをある程度の正解に誘導してくれる一般的なエラー検知システムと、問題や課題の知識を必要とする固有エラー検知システムは、別々のニューロンによって構成されているだろうと考えられていました。
そこで研究者たちは先の2つの試験で記録された共通点と差異点を中心に、新たな分析を行いました。
2つの試験で共通して活性化しているニューロングループがあれば、それらのニューロンはエラー検出において広く共通した一般的な機能にかかわっている可能性があったからです。
また違いを調べることで、問題固有のエラー検出に用いられたニューロンを特定することが可能になります。
しかし研究者たちがデータを比較したところ、一般的なエラー検出に使われているニューロンと問題固有のエラー検出に使われているニューロンが、全く同じであったことが判明します。
これまで研究者たちは一般的なエラー検出と問題固有のエラー検出には異なるニューロンが用いられていると考えていましたが、結果は予想と大きく異っていたのです。
この結果は、問題固有のエラー検出機能が、一般的なエラー検出機能を変調させたものに過ぎないことを示しています。
最初からデキるひとが専門家になっても強いのは、同じニューロンを使ってエラー検知を行っているからかもしれません。
研究者たちはエラー検知の仕組みを解明することで、いくつかの精神疾患を予防できると述べています。
存在しないエラーに反応して何度も調べてしまう強迫観念相や、統合失調症にみられる不適切な言動をしてしまう症状も、エラー検知の過剰や不足が招いている可能性があるからです。
あるいは、もし将来的にエラー検知能力を健康的に高めることができれば、誰もが「ある程度最初からデキる人」になれるかもしれません。
【編集注 2022.05.09 20:00】
記事内容の誤字について、修正して再送しております。
参考文献
New Study Reveals How the Brain Says ‘Oops!’
How the Brain Monitors “Oops” Moments Could Inform Future Psychiatric Disorder Therapy
元論文
The geometry of domain-general performance monitoring in the human medial frontal cortex
提供元・ナゾロジー
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