懸念している潜在リスク

疑問2「防衛研は防衛省・国家組織そのものであり、そこの人たちが同じ番組に連日、常連の解説者として扱われることには問題がないのだろうか」

これについて中村氏は、更に踏み込んで懸念を明確化しております。

メディアが知らぬ間に「国家の論理」に歩調を合わせる結果を招くことになりはしないか

この指摘こそ、当該論考の要点です。この場合「防衛省(防研)の国家の理論」がどう問題なのかを想像するためには「陸軍省(新聞班)の陸軍パンフレット事件」を思い出す必要があります。一応高校日本史でも軽く触れる事件ですが、今の日本人で正確に思い出せる人は少数派でしょう。

ここで最重要キーワードとして「知らぬ間に」が重要な読解ポイントです。

「大本営発表」と言えば「国家が発表する虚偽情報」を指す定番の言葉ですが、実は最初の6ヶ月は慎重に査定された情報を発表しており誠実でした。発表した戦果について後日過大であることが判明すれば、訂正さえしていたくらいです。それが、虚偽情報に変化して行くのは、国民が知る由もない「ミッドウェイ海戦の敗北」からです。

つまり「現実が国家にとって都合の悪い状況に陥ったとき、国民が知らぬ間に、そっと情報が偽りのものに変化する」のです。それまで誠実に発信しているので国民も簡単には見抜けません。

これまで防研職員諸氏は誠実な情報発信を続けてきたので、国民から一定の知名度と信頼を勝ち取っていることでしょう。その信頼関係のもと、将来日本周辺地域紛争が起こり直接当事者となった場合、「防衛当事者である防衛省が果たして『都合の悪い情報』も従来通りの正確さで国民に開示できるのだろうか?」という疑問が心に浮かびます。これこそ懸念している潜在リスクでしょう。

疑問3「防衛研はロシア、ウクライナ情勢となると、欧米の戦況情報、分析に依存している部分が多く、彼らの発言を連日、聞かされていると、欧米流の戦況観に染まる恐れはないのだろうか」

これについても中村氏はその懸念に次のような説明を補足して明確化します。

ロシア、ウクライナ情勢では欧米流の思惑が背景になった情報に日本が多大な影響を受けることになりかねないのです。現在は「民主主義国の結束」「一方的に悪いプーチン大統領」ですから、皆、疑いを持たないだけのことです。(太字は引用者)

この懸念も一般論として妥当でしょう。今後長期化した場合に、「バイアスのかかった情報」を浴び続ける中で、世論がミスリードされないか、一方から見た「正邪」の基準を固定していいのか、という趣旨の懸念でしょう。これもまた潜在リスクでしょう。

ただし、日本はG7構成国であり日米同盟を国防の基礎としてNATO諸国とも価値観を共有する国です。経済制裁という強力な“敵対行為”を採用している現状では、仕方のない面もあるでしょう。

結論

「現状は過剰ではないが、常に情報査定を怠るべきではない」と考えます。

現在までのところ防衛研究所の見解は、深い考察と幅広い情報を織り込んだ現状分析にとどまっていると考えます。一例として月刊『正論』5月号に寄稿された防衛研究所防衛政策研究室長の高橋杉雄氏の主張の一部をここに引用します。

『日米同盟に「核共有」は必要か 高橋杉雄』

(前略)核シェアリングの本質は、同盟国を「安心」させることであり、抑止力はその「安心」を通じて強化される。ところが「安心」とは主観的なものであり、国民自身の納得が不可欠であると。(中略)必要なのは国民自身が、何をすれば「安心」できるか、正確な情報に基づいて、自分で考え、議論を深め、本当に必要なことについて納得することである。その納得こそが、抑止力を本当の意味で支えるのである。(月刊『正論』5月号より引用、本文太字は引用者)

高橋氏は国家の職員として、主権である国民を明確に意識し、国民の判断を最重視し、その考察や判断のために必要になる正確な情報を提供しようと努力されていると思われます。誠に誠実なお人柄ではないでしょうか。

文・田村 和広/提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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