あやふやな存在確率が変異を起こしていました。

英国サリー大学(University of Surrey)で行われた研究によれば、DNAでは従来考えられていたよりも遥かに高い確率でトンネル効果が発生している可能性が高い、とのこと。

量子力学の世界では電子や陽子など小さな粒子の存在確率はあやふやであり、粒子がある場所から別の場所に突然、移動に必要なエネルギーを無視して、トンネルを通ったかのように出現する現象が起こり得ます。

研究結果が正しければ、生物進化の原動力として、量子効果が大きな影響を与えていることになるでしょう。

しかしDNAはいったいどうして量子効果を利用できる性質を獲得したのでしょうか?

研究内容の詳細は2022年5月5日に『Nature Communications Physics』にて公開されています。

目次
量子効果が生命活動に与える影響が次々に明らかになっている
DNAではトンネル効果が予想を遥かに上回る頻度で起きていた

量子効果が生命活動に与える影響が次々に明らかになっている

DNA変異が量子世界のトンネル効果で起きていると判明!
(画像=Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

DNAは「生命の設計図」としての機能があり、私たち生物の体を作るためには欠かせない存在となっています。

またDNAに刻まれた情報は世代を超えて子孫に継承され、親同じような体をした子を作ることを可能にし、種の概念を与えてくれます。

しかしDNAの構造は不変ではなく、さまざまな要因で変化してしまうことが知られています。

DNA変異は有害物質や紫外線などの化学的・物理的要因に誘発されるだけでなく、複製時の酵素反応のエラーなど生物学的な要因によっても発生します。

DNAは誕生した当初から、物理的要因・化学的要因・生物学的要因の全てから挑戦を受けてきたと言えるでしょう。

しかし量子力学と生物学との融合によって誕生した「量子生物学」の進歩により、生命活動において量子的な効果が無視できないことがわかってきました。

たとえば植物の光合成では、化合物間の間で古典物理学に反した電子のジャンプが頻繁に行われており、植物たちが量子力学を使って光合成効率を高めていることがわかってきました。

この電子の突然のジャンプは、量子世界において小さな粒子は「存在確率があやふやで場所が確定していない」ことが原因となっています。

古典物理では、安定した化合物の間を電子が移動するためには、何らかのエネルギーが必要とされます。

この必要エネルギーは「山」のような存在であり「山」を越えるエネルギーを得ない限り、電子の移動は叶いません。

しかし現実世界の電子の存在確率はあやふやであるため、存在確率が続いている場所ならば、たとえ別の化合物であっても、エネルギーの「山」をトンネルを通ったかのように無視して移動することが可能になります。

DNA変異が量子世界のトンネル効果で起きていると判明!
(画像=トンネル効果のイメージ / Credit:canva,ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

このようなトンネル効果は電子のような素粒子だけでなく、DNAに含まれる水素原子(プロトン)でも起こるとが知られています。

DNAには大量の水素が構成材料として含まれているだけでなく、2本のDNA鎖をつなぎとめておく水素結合において必須となっています。

そのため以前から、DNAの水素がトンネル効果を起こせば、DNAの分子構造にダメージを与える可能性が提起されていました。

そこで今回、サリー大学の研究者たちは、DNAにおける水素原子の量子力学的な挙動の理論解析を行うことにしました。

DNAの変異は本当に量子効果で起きていたのでしょうか?

DNAではトンネル効果が予想を遥かに上回る頻度で起きていた

DNA変異が量子世界のトンネル効果で起きていると判明!
(画像=Credit:Louie Slocombe et al . An open quantum systems approach to proton tunnelling in DNA (2022) . Nature Communications Physics、『ナゾロジー』より引用)

DNAの変異に量子効果は影響するのか?

謎を調べるために研究者たちはDNA塩基対の正確なモデルを作成し、DNAにおける水素原子のトンネル効果の頻度を算出しました。

結果、水素原子の移動におけるトンネル効果は、予想されていたよりもはるかに頻繁に起きており、向かい合った塩基の反対側に容易に移動することが判明します。

(※G-C間の水素原子のトンネル係数は10の5乗クラスに及びました)

また水素原子の移動が起きた場合の塩基対(G-C結合)に起こる変化を計算したところ、細胞内部の局所的な環境によって条件が誘発されると、水素原子は2本のDNA鎖の間を連続で移動していき、非常に迅速にトンネル効果を完成させました。

さらに、この変化がDNAの複製時など2本鎖が解消される直前に起こると、対になる塩基の分子構造が変化した「互変異性体」となってしまい、本来とは異なる誤った塩基を取り込む可能性が示されました。

例えば塩基Gは塩基Cと対に(G-Cと)ならなければならないにもかかわらず、別の塩基Tと対に(G-Tと)なってしまう場合があります。

研究者たちは「DNA内の水素原子は、あたかもDNAの水素結合に沿ってトンネルを掘り、別の場所に出現することができる」と述べています。

複製時に間違った塩基対が取り込まれた場合、DNAには点突然変異と呼ばれる局所的な変異が発生し、しばしば生命活動に大きな影響を与えることが知られています。