5億年前の海で繁栄した三葉虫は、小さな個眼が無数に集まった「複眼」を持ち、近くのものを鮮明に見ることができました。
中でも「ダルマニチナ・ソシアリス(Dalmanitina socialis)」という種は、特にずば抜けて優れた視力を持っていたことが化石からわかっています。
D. ソシアリスの視野は、近くだけでなく遠くまでカバーし、さらに、遠近両方に同時にピントを合わせることができたのです。
そして今回、アメリカ国立標準技術研究所(NIST)のチームは、D. ソシアリスの複眼を模倣し、二焦点レンズを搭載した小型カメラを開発しました。
このカメラは、手前3センチから奥1.7キロまでをクリアに撮影できる、記録的な被写界深度(カメラがピントを合わせられる最近点から最遠点までの距離)を達成しています。
研究の詳細は、2022年4月19日付で科学雑誌『Nature Communications』に掲載されました。
手前3センチ〜奥1.7キロまでピントが合う!
D. ソシアリスの複眼は、下図のように、下部のレンズユニットと上部のレンズユニットで構成されており、それぞれが異なる角度で光を曲げることで、入射光を同時に近点と遠点に集めることができます。
そのおかげで、D. ソシアリスは、目の前の獲物と、約1キロ離れた天敵を同時に見極めることができたようです。
NISTの物理学者で、本研究主任のアミット・アグラワル(Amit Agrawal)氏は「もし、D. ソシアリスの視力を模倣できれば、今までにない被写界深度で写真を撮影できる」と考えました。
しかし、一般的なカメラで焦点位置を調節するには、レンズを傾けたり、前後に移動させなければなりません。
そこで研究チームは、D. ソシアリスの視野を再現するべく、レンズの位置や形状を変えることなくピントを調整できる「メタレンズ」を作成しました。
メタレンズは、サイズの異なる数百万個のナノピラー(ナノサイズの長方形の柱)を、高層ビル群のように並べた平面レンズです(下図)。
ナノピラーは、その形状、大きさ、配置によって、光を曲げる障害物として機能します。
ナノピラーの配置により、ある光はレンズのある部分を、またある光はレンズの別の部分を通るようにし、2つの異なる焦点位置を作り出すことに成功しました。
イメージとしては、下図のように、近くにいるウサギと遠くにある木の両方にピントが合っている状態です。
残る問題は、手前と奥の間にある中間エリアがぼやけてしまうことです。
ここにはレンズの焦点が合っていないため、光のブレやゆがみ(収差)が発生してしまいます。
そこでチームは、この中間エリアをシャープな画像にするため、収差を補正するコンピュータアルゴリズムを開発しました。
これを使うことで、手間と奥の間の被写界深度がカバーされ、クリアな画像の撮影に成功しています。
その一例がこちらです。
6つの人形がくっきりと映し出されていますが、手前の3つはカメラから30センチの距離に、奥の3つはカメラから3.3メートルの距離にあります。
もっと遠近感のある屋外を撮影した例が、下の画像です。
こちらでは、画像右上の「NJU」と書かれたガラス片がカメラレンズの3cmの位置に置かれていて、奥に映る茶色いビルまでは1.7kmの距離があります。
しかし、すべてに綺麗にピントが合っているのがわかります。
今回のメタレンズを応用すれば、従来のズッシリ重みのあるカメラとは違い、軽量かつコンパクトなカメラが作れるでしょう。
それでいて、被写界深度は目の前から奥1キロ以上までカバーし、クッキリした写真を撮影できます。
特に、広い視野を占める街並みや、上空いっぱいに広がる鳥の群れなど、遠近同時にピントを合わせたい時の撮影において、革新的な技術となるでしょう。
参考文献
This camera lens can focus up close and far away at the same time
Inspired by prehistoric creatures, researchers make record-setting lenses
元論文
Trilobite-inspired neural nanophotonic light-field camera with extreme depth-of-field
提供元・ナゾロジー
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