グローバル・インテリジェンス・ユニット チーフ・アナリスト 原田 大靖

新型コロナウイルス・パンデミックは、我々国民をして良くも悪くも医療をより身近な存在にしたのではいか。それは、非接触の体温計や、酸素飽和度をはかるパルスオキシメーター、人工心肺装置「ECMO」といった機器に関する細かな知識から、ワクチンに関する議論や緊急事態宣言と医療現場のひっ迫など社会問題に関する関心まで、様々な面においてである。

そして、接触確認アプリ「COCOA」やオンライン診療など、コロナ禍においてはICT技術を駆使しての感染症対策が一層加速している。こうした流れは、まさに医学と工学の連携をつうじて、新技術の開発、新事業の創出をはかる「医工連携」を拡大させるものである。では、現在、「医工連携」ではどのような研究が行われているのか。特に、新型コロナウイルスでも注目されているmRNAを取り上げることを通じて、あるいは今次パンデミックから抜け出すヒントを探っていきたい。

コロナ禍で加速する「医工連携」の最前線(原田 大靖)
(画像=図表:オンライン診療を受ける人 出典:pexels,『アゴラ 言論プラットフォーム』より 引用)

今次パンデミックでも注目されているmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンであるが、そもそもmRNAとは何なのか。生物の遺伝情報はDNA(デオキシリボ核酸)に保存されているが、DNAだけでは何の働きもでない。そこで、RNA(リボ核酸)が必要な遺伝子コードを写し取り、核からリボソームに移してタンパク質を作る役割を果たしている。つまり、遺伝情報がDNAからRNAを経てタンパク質へと流れる過程(これをセントラルドグマという)において、RNAはメッセンジャーの機能を果たしているのだ。

コロナ禍で加速する「医工連携」の最前線(原田 大靖)
(画像=図表:セントラルドグマのしくみ 出典:Wikipedia,『アゴラ 言論プラットフォーム』より 引用)

1990年代からこのmRNAを用いた医薬品開発が進められてる。これは、身体の外から特定のmRNAを薬物として導入することで、目的とするタンパク質を体内で人工的に作らせ、不足する機能を補うことを可能にするというコンセプトに基づいている(参考)。

とくにがん治療において、このmRNAを活用する治療法が注目されている(参考)。がん治療には、「手術療法」、「化学療法(抗がん剤治療)」、「放射線療法」の三大治療のほか、がん免疫を強化してがん細胞を攻撃する「免疫療法」、抗がん剤のかわりに遺伝子を用いる「遺伝子治療」などが知られているが(参考)、現在では、がん細胞をウイルスに感染させて、そのウイルス自体が直接がん細胞を破壊する「ウイルス療法」の研究も進んでいる(参考)。

ここで使用されるウイルス(腫瘍溶解ウイルス)は、風邪を引き起こす「アデノウイルス」や口唇ヘルペスの原因となる「単純ヘルペスウイルス」などだが、正常細胞では増殖しないよう遺伝子改変が施されているが(参考)、従来技術では、効果を持つ腫瘍の種類が少なかったり、安全性の問題などもあった。

しかし、北海道大学の研究グループでは、mRNAの安定化システムを応用した新たな腫瘍溶解ウイルスの開発にも成功し、今後想定される用途として、がん以外の疾患(ウイルス性疾患、炎症性疾患、リウマチ等)にも応用できる可能性があり、期待されているという(参考)。

このように、開発が進んでいるmRNA医薬であるが、今次パンデミックは図らずもmRNAのワクチン分野での応用を加速させる結果となった。これまでに実用化の実績がなかったまったく新しい創薬技術であるmRNA医薬が、わずか数か月の間に実用化されたのである。

コロナ禍で加速する「医工連携」の最前線(原田 大靖)
(画像=図表:ウォール街のクロージングベルを鳴らすファイザーのアルバート・ブーラCEO 出典:l’humanité,『アゴラ 言論プラットフォーム』より 引用)

今次パンデミックによって今後も拡大が期待できるヘルスケア市場であるが、最先端の医療技術にも着目していく中で、イノヴェーションの萌芽を見出していきたいものである。

原田 大靖
株式会社 原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
東京理科大学大学院総合科学技術経営研究科(知的財産戦略専攻)修了。(公財)日本国際フォーラムにて専任研究員として勤務。(学法)川村学園川村中学校・高等学校にて教鞭もとる。2021年4月より現職。

文・原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)/提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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