宇宙には、数千億もの恒星が集団を作る銀河や、その銀河が数百も集まる銀河団があります。

しかしそれは無秩序に宇宙に散らばっているわけではありません。

すべては重力的なつながりによって宇宙の大規模構造というものを作り出しています。

この構造を生み出す鍵を握っているとされるのが暗黒物質です。

国立天文台はスーパーコンピュータ「アテルイⅡ」の全能力を使ったシミュレーションによって、この暗黒物質による宇宙の大規模構造を世界最大規模でシミュレーションすることに成功。

途方も無い空間を伴ったこの「模擬宇宙」を誰でも利用可能な形式に圧縮してインターネット上に公開しています。

この研究の詳細は、英国の科学雑誌『王立天文学会誌』2021年9月号に掲載されています。

目次
宇宙進化の理論はどうやって検証するのか?
世界最大規模の模擬宇宙

宇宙進化の理論はどうやって検証するのか?

宇宙には、私たちが直接目で見ることができる物質バリオンと、目に見えない謎の物質ダークマターが存在しています。

ダークマターは重力のみが作用する見えない謎の物質で、宇宙の質量の約8割を占めていると考えられています。

ダークマターの話題を聞くたびに、見えもしないし何であるかもわからないものが何故そんなにもてはやされるんだ? と疑問に感じている人もいるかもしれません。

しかし、宇宙の進化を探る研究者にとっては、ダークマターの正確な正体はそこまで重要な問題ではありません。

宇宙がなぜ今のような姿になったかを考える場合、宇宙の進化に作用した重力的な影響を考慮すればいいのであって、その重力の正体がブラックボックスでも計算は十分に可能だからです。

宇宙にはまんべんなく星が広がっていると考えている人は多いかもしれません。

しかし、実際の宇宙には決まった領域にしか星は存在していません。

そして、それ以外の場所は「ボイド(超空洞)」と呼ばれるなにも存在しない空間になっているのです。

宇宙を誕生時からシミュレーションした「模擬宇宙」を国立天文台が公開
(画像=宇宙のボイドを示した図。青い枠で囲まれている領域がボイド。 / Credit:Wikipedia、『ナゾロジー』より引用)

なぜ宇宙には均一に星が散らばらず、このようなムラのある状態になったのでしょう?

こうした広大なボイドと星の集まった領域は、広く観測するとまるで脳の神経細胞のような細かな網目の構造になっていることがわかっています。

これを「宇宙の大規模構造」と呼びます。

宇宙を誕生時からシミュレーションした「模擬宇宙」を国立天文台が公開
(画像=網目のように広がる宇宙の大規模構造 / Credit:NAOJ,世界最大規模の“模擬宇宙”を公開—宇宙の大規模構造と銀河形成の解明に向けて—,石山智明、『ナゾロジー』より引用)

そしてこの構造を形成する鍵を握っているのがダークマターです。

ダークマターはその重力によって「ハロー」と呼ばれる巨大な塊の構造を作ります。

このハローの重力にバリオン(通常の物質)が集まって誕生するのが星なのです。

こうして大量の星を持った銀河や銀河団が誕生していきます。

宇宙を誕生時からシミュレーションした「模擬宇宙」を国立天文台が公開
(画像=大規模構造の一部を拡大したもの。この画像でも1億光年以上の幅があり輝いている領域には銀河が大量に集まっている / Credit:NAOJ,世界最大規模の“模擬宇宙”を公開—宇宙の大規模構造と銀河形成の解明に向けて—,石山智明、『ナゾロジー』より引用)

つまり宇宙は、ダークマターが集まって形成した重力的な構造に沿って成長していき、現在の形になったと考えられるのです。

とはいえ、これは理論的な推測であって現実と完全に一致しているかどうかはまだわかりません。

実際、ハローの中で銀河などの天体がどうやって生まれ進化していき、現在の宇宙を形成したのか? その詳細なプロセスは謎に包まれています。

ではこのような壮大な理論が事実であるか確認するためにはどうすればよいのでしょうか?

そのためには、この宇宙の大規模構造を形成する理論に従って実際に模擬宇宙を作ってみて、それを観測した宇宙と比較すればいいのです。

理論通りのことが観測でも確認できれば、理論が正しかったと証明できるはずです。

ただ、これは言うほど簡単ではありません。

広大な宇宙を誕生から現在に及ぶまで、暗黒物質の重力相互作用を考慮して138億年かけて進化させるシミュレーションというのは、途方も無い計算量を要求するからです。

そのため、こうした試みは、これまで限定的な範囲のシミュレーションに留まっていて、とても観測と比較できるような空間的な大きさや精密さを達成したものは存在していなかったのです。

世界最大規模の模擬宇宙

宇宙を誕生時からシミュレーションした「模擬宇宙」を国立天文台が公開
(画像=2018年より運用が開始された国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイ」 / Credit:国立天文台,新天文学専用コンピュータ「アテルイII」始動!(2018)、『ナゾロジー』より引用)

しかし、国立天文台の持つ天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイⅡ」が、この困難な計算を実現させました。

このシミュレーション研究は、千葉大学の石山智昭(いしやま ともあき)准教授をはじめ、スペイン、米国など9カ国の研究者から成る国際研究チームによって達成されました。

アテルイⅡには、4万200個ものCPUコアがあり、今回の計算ではその全てが利用されました。

そして世界最大規模となる宇宙構造形成シミュレーションに成功したのです。

この大規模なシミュレーションでは、暗黒物質を2.1兆体の粒子で表現され、それらのすべてに働く重力を計算することで、暗黒物質が作り出す宇宙の構造を詳細に描き出したのです。

こうして作り出された模擬宇宙は、そのものずばりな「Uchuu(宇宙)」と名付けられています。

この「Uchuu」は一辺が96億光年というサイズを持ち、矮小銀河から巨大な銀河団まで、質量が8桁にも及ぶ天体の進化を精密に追って作られています。

その途方も無いシミュレーションデータは、なんと全体で3ペタバイト(テラの1024倍がペタ)に及びます。

しかし、研究チームはこれを高性能な計算技術によって大幅に圧縮し、誰でも利用できる形式にしてインターネットクラウド上で公開したのです。

つまり今回の研究成果から世界最大級の仮想空間が、ネット上にリリースされたのです。

「Uchuu」のシミュレーションデータは、こちらで公開されていて、誰も無料で利用することができるそうです。

ぜひ、暗黒物質による宇宙進化の謎に迫ってみようという人は、この世界最大規模の模擬宇宙オープンワールドを体験してみてください。

とはいえ、圧縮しても「Uchuu」の全容量は100テラバイト程度あるということなので、空き容量には注意してください。


参考文献

世界最大規模の“模擬宇宙”を公開—宇宙の大規模構造と銀河形成の解明に向けて—

Largest virtual universe free for anyone to explore

元論文

The Uchuu simulations: Data Release 1 and dark matter halo concentrations


提供元・ナゾロジー

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