通常、私たちは原子にぶつかった光(光子)が散乱し、目に届くことで物質を見ることができます。

ところがMITのある研究者は30年前に、原子を超低温状態で、隙間なく高密度に配置したとき、光子がぶつかったエネルギーを散乱させる余地がなくなるため、原子が透明化するという予想をしていました。

そして今回、MITの研究チームはレーザーを使った超低温技術で実験を行い、実際に原子が光の散乱を38%も低下させるのを確認したと報告しています。

チームの考えでは、完全な絶対零度を実現できた場合には、原子は完全に光を散乱できなくなって見えなくなるといいます。

この研究の詳細は、11月18日付で、科学雑誌『Science』に掲載されています。

目次
満席状態のスタジアム
原子の透明化

満席状態のスタジアム

量子力学には「パウリの排他原理」という理論があります。

これは簡単にいうなら、電子には指定席があって、1つの席に同じ粒子が2つ同時に座ることはできない、ということを言っています。

そして、この原理からは、非常に興味深い事実が予想できるのです。

通常、私たちが物質を見るとき、それは物質にあたって反射した光を見ています。

これはもっと細かい世界で見た場合、光子が原子にぶつかることで原子がビリヤードのボールのように弾かれ、受け取った光のエネルギーを散乱させているから、ということができます。

しかし、「パウリの排他原理」に従って原子が身動きできないほど、みっしりと周りの席を埋めてしまうと、原子は動けないために光の散乱を起こさなくなるというのです。

「原子を透明にする現象」が実験で観測される
(画像=パウリブロッキングの原理をアリーナの席で例えたイラスト / Credit:MIT News,How ultracold, superdense atoms become invisible(2021)、『ナゾロジー』より引用)

このイラストは、アリーナの座席をたとえに今回の研究の内容を説明しています。

イラストの左側では、座席に隙間があります。この状態だと光の当たった原子は、空いている席に押された際に振動して、光を散乱させます。

しかし、もし右側のようにぎっしり席が埋まった状態で原子が配置されていた場合、原子は身動きできないため、端にいる原子以外は、光が当たっても散乱を起こさなくなるというのです。

光が散乱しないということは、原子が透明になってしまうということです。

これは30年以上も前に、MITの研究者によって予言されていて、パウリ・ブロッキング効果の一例だとされています。

ただ理論的には証明されていても、現実でそんな現象を観察することは困難でした。

しかし、現代ではレーザーを使って原子を極めて絶対零度に近い、マイクロケルビンというレベルまで冷却することが可能になって来ているため、研究チームは実際にこの効果を観察する実験を行ったのです。

原子の透明化

今回の研究者であるMITのケッタール(Ketterle)氏の考えを、おおざっぱに説明するならば、それは原子がほぼ停止状態に凍結して、十分狭い空間に隙間なく押し込めた場合、原子は速度や位置をシフトさせる余地がなくなり、電子殻が埋まった状態の電子のように振る舞う、というものです。

この状態の時、原子は光を散乱させることさえできなくなり、透明になるといいます。

ただ、実際にこれを実験しようとした場合、問題なのは原子を絶対零度近くまで冷却することよりも、身動きできないほど密な状態にするということです。

そこまで高密度の原子の雲を作り出すことは、これまでできなかったため、予想はあっても実験で確認することができていなかったのです。

密度が十分に高くなければ、いくら低温にしても原子は、空いたスペースに移動してしまい光を散乱させることができます。

「原子を透明にする現象」が実験で観測される
(画像=今回の実験装置を調整する大学院生のYU-KUN LU氏 / Credit:MIT News,How ultracold, superdense atoms become invisible(2021)、『ナゾロジー』より引用)

研究チームはまず、3つの電子と3つの陽子、3つの中性子を持ったリチウム原子の同位体を使い、この原子の雲を20マイクロケルビンまで冷却しました。

これは星間空間の温度の約10万分の1です。

次に、密集したレーザーを使用してこの極低温原子を圧縮して密度を高めていきました。

チームによると、このときの密度を測定した値は、1立方センチメートルあたり約1兆原子に達していたといいます。

次に、研究チームは別のレーザービームを光子が原子を加熱したり、密度を変化させないよう最新の中止を払って、「冷却した密な原子の雲」に照射しました。

そして、特別なカメラを使い散乱した光子の数をカウントしたのです。

光子は非常に微弱な光ですが、チームの用いた装置は、それを塊として見ることができるほど非常に敏感です。

こうして慎重な実験を行った結果、約20マイクロケルビンで、原子は通常時より38%も光の散乱が減少していることを確認したのです。

これは原子が38%暗くなり、透明な状態に近づいていたということです。

超低温の原子は、量子状態に近づき、普通では見ることのできない特殊な振る舞いをします。

チームはこうした影響を除外して今回の結果を得るために、数カ月を費やしたといいます。

今回の結果は、38%散乱が減ったというだけなので、原子が透明になったと呼ぶには大げさかもしれません。

しかし、今回の結果から研究チームは、もし完全な絶対零度で今回の実験が行えた場合、蜜な原子は完全に見えなくなる可能性があると述べています。

こうした成果は、光の散乱がデータに干渉する問題となる量子コンピューターの制御において、役立つ可能性もあるとのこと。

低温の原子の世界には、まだまだ観測されていない不思議な現象が潜んでいるようです。


参考文献

How ultracold, superdense atoms become invisible

MIT Physicists Use Fundamental Atomic Property To Turn Matter Invisible

元論文

Pauli blocking of light scattering in degenerate fermions


提供元・ナゾロジー

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