日本をはじめ多くの先進国では、人為的に維持してきた草地が減少しています。

当然、草地を生息場所とする生物も減少しており、何らかの対策が必要でしょう。

こうした背景にあって、国立大学法人東京農工大学大学院農学府農学専攻の沖 和人(おき かずひと)氏ら研究チームは、送電線下に多種多様なチョウが生息していることを発見しました。

周辺の人工林地域よりも、送電線下にいるチョウの方が、種類や数が多かったのです。

この新しい発見は、人為的介入による生物保護の新たな可能性を示しています。

研究の詳細は、9月3日付の昆虫学誌『Journal of Insect Conservation』に掲載されました。

目次
送電線下には多種多様なチョウが存在していた
定期的な樹木の伐採がチョウに好まれる環境を作っていた

送電線下には多種多様なチョウが存在していた

近年、日本では人為的に維持されてきた草地や若齢の人工林が減少しています。

これには戦後の自然資源の利用頻度の低下、林業の低迷などが関係しています。

そんな中、約9万kmにも及ぶ日本の送電線付近では、定期的な樹木の伐採が行われてきました。

樹木と送電線の接触を防ぐためには、樹木を伐採せざるを得ないのです。

こうした人間の介入と変化は、草地や林を生息場所とする生物に影響を与えると考えられます。

そこで研究チームは、送電線付近の生物であるチョウの数や多様性を調査することにしました。

今回の調査では、以下の4つの環境について調査されました。

  • a:送電線下
  • b:幼齢の人工林(植栽直後)
  • c:林道(人工林内の道路)
  • d:壮齢の人工林(植栽から時間が経過している)
高圧線に樹木が引っかからないよう伐採を続けた結果、送電線下がチョウの楽園になっていた
(画像=調査地の各環境の様子 / Credit:沖 和人(東京農工大学)_送電線下に広がるチョウの楽園~送電線はチョウの保全に貢献することを発見~(2021)、『ナゾロジー』より引用)

このそれぞれの環境に対して、チョウを次の3つに分類しその数が調べられました。

  • 草地性種:草原を生息場所とするチョウ
  • 荒地性種;人里周辺を生息場所とするチョウ
  • 森林性種:森林を生息場所とするチョウ その結果、合計62種2123個体のチョウを確認。
高圧線に樹木が引っかからないよう伐採を続けた結果、送電線下がチョウの楽園になっていた
(画像=各環境で確認されたチョウの種数と個体数。値は調査地1か所あたりの平均値 / Credit:沖 和人(東京農工大学)_送電線下に広がるチョウの楽園~送電線はチョウの保全に貢献することを発見~(2021)、『ナゾロジー』より引用)

そして草地性種と荒地性種のチョウの種類と個体数は、いずれの季節も「送電線下」「幼齢の人工林」「林道」「壮齢の人工林」の順に多い結果となりました。

また森林性種のチョウの種類と個体数は「送電線下」「幼齢の人工林」で多く確認されました。

つまり、人間が介入したそれぞれの環境の中では、チョウがもっとも多いのは「送電線下」という結果になったのです。

しかし、なぜこのような結果になったのでしょうか?

定期的な樹木の伐採がチョウに好まれる環境を作っていた

高圧線に樹木が引っかからないよう伐採を続けた結果、送電線下がチョウの楽園になっていた
(画像=送電線下で確認されたチョウの一部。左からウスバシロチョウ(草地性種)、ミヤマカラスシジミ(荒地性種)、ミヤマカラスアゲハ(森林性種) / Credit:沖 和人(東京農工大学)_送電線下に広がるチョウの楽園~送電線はチョウの保全に貢献することを発見~(2021)、『ナゾロジー』より引用)

チームは、送電線下がチョウの楽園になる理由を解明するため、そこに茂っている植物を調査しました。

その結果、荒地性種と森林性種のチョウの幼虫が食べる植物(食餌植物)が、送電線下に最も多く存在すると判明。

また送電線下には、成虫が蜜を吸う花も豊富に存在していました。

つまり送電線下はチョウの幼虫と成虫にとって食物が豊富な場所であり、それゆえにチョウの生息地として繁栄していたのです。

このチョウにとって豊富な餌の存在は、送電線周辺の定期的な樹木伐採が関係していると考えられます。

通常、樹木が伐採されて裸地になると、その状態から徐々に草が生え、木に成長し、元の状態へと遷移していきます。

このプロセスは植生遷移と呼ばれています。

高圧線に樹木が引っかからないよう伐採を続けた結果、送電線下がチョウの楽園になっていた
(画像=植生遷移図 / Credit:S.Tanaka(Wikipedia)_遷移 (生物学)、『ナゾロジー』より引用)

もし一度伐採された後に長期間放置されるだけであれば、そのあたり一帯は均一な植生遷移が続くだけです。

しかし定期的な伐採が行われることで、送電線下にはさまざまな段階の多様な植物が繁茂するようになり、いろんなチョウにとって餌が豊富な環境になっていたのです。

さて今回の発見は、世界的に進行している生物多様性の損失を防止することに貢献するかもしれません。

送電線下を適正に管理することで、チョウやその他の生物の生息場所としての価値を高められるでしょう。

また今回の発見を応用することで、「人間にとって便利な環境」を維持しつつ、「生物多様性」を促進させられると分かりました。

今後も、人間と生物どちらにとってもメリットのある介入ができるといいですね。


参考文献

送電線下に広がるチョウの楽園~送電線はチョウの保全に貢献することを発見~

元論文

Power line corridors in conifer plantations as important habitats for butterflies


提供元・ナゾロジー

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