論点3:地球規模の安全保障の構想
NATO東方拡大は、ロシアはもはやNATOに拡大を自重させるような超大国ではない、という前提で進んだ。ロシアは軍事大国として潜在的な脅威だが、NATOが全体として勢力均衡の相手方とみなすような存在ではない。NATO東方拡大が封じ込め政策だとみなされたとしても、それはそれで実態に見合う措置だ、と考えられていた。
しかし21世紀の国際政治は、米中対立の構造を持つ。ロシアは、世界的規模の国際政治の二元化された構造の中で、中国に近づくという選択を、かなりはっきりと行ってきている。もちろん大国としてのプライドがあり、ロシアは中国のジュニア・パートナーに甘んずるつもりはない云々といった分析はありうる。だがそれにしても、「民主主義vs権威主義」の対立構図の中で、ロシアが中国寄りの国になっていることは、否定しがたい。
そこでNATO東方拡大は、中国とその友好諸国と、アメリカとその同盟国の対峙というグローバルな視点の中での位置づけも必要とする。ヨーロッパだけを見れば、強者による弱者の封じ込めに見えるかもしれない。しかし世界的な視野で見れば、自由主義陣営の勢力の拡大確保によって、中国を牽制し、抑止していく狙いもある。いわば中級の大国であるロシアに過度に気をつかうあまり、グローバルな勢力均衡の図において劣勢を余儀なくされることは避けたい、というのが自由主義諸国陣営の本音だろう。
アジアに位置する日本としては、ヨーロッパを本拠とする同盟国・友好国の同盟機構は、強すぎるくらいでないと、アジアにまで有効性が感じられてこない。ロシアが勢力を拡大させてくれば、北東アジアで封じ込められるのは、日本である。
制度的な同盟機構を持たないまま、緩やかな友好国との反欧米ネットワークを広げている中国との間のバランス・オブ・パワーは、アメリカとその同盟国群にとって、厄介な応用問題である。冷戦型の思考では構想できない。
ミアシャイマーは、ロシアを中国包囲網に取り込むことが得策だった、と繰り返し主張している。アメリカの死活的利益が関わっているとは言えないウクライナあたりでロシアと対立するのは愚かである、といった立場だ。だが果たしてロシアは、アメリカが懐柔的な姿勢を取り続ければ、それでアメリカ寄りになって反中国包囲網に加わったと言えるのだろうか。大きな疑問が残る。
ミアシャイマーは、それでもなお、ヨーロッパで妥協的な態度をとり、中国との対立関係に不利になる要素を減らすことのほうが、アメリカの外交政策にとっては合理的だ、と言いたいかもしれない。ヨーロッパをある程度は見限れ、ということである。しかしその結果が、ヨーロッパで秩序攪乱者として振る舞うロシアだとすれば、アメリカにとっても頭痛の種が増える事は間違いない。懐柔策は、結局は逆の効果しかもたらさないかもしれない。
安倍首相のプーチン大統領への柔和な政策が、現在は批判の対象になっている。北方領土を返還する意図などないロシアに、ただ手玉に取られただけのような形になってしまったからだ。ミアシャイマーは、現在は「ワシントンDCの外交エリート」の鋭敏な批判者だが、だからといって彼の柔和政策の提唱が成功を約束されていたかどうかは不明だ。
ただ、いずれにせよ米中対立のより大きな構造を見据えながら、対ロシア政策を決め、ウクライナにおける戦争への対応を決めていかなければならないことは、確かである。戦争後に弱体化するロシアと、疲弊しながらも拡大を続けるNATOの姿を計算に入れながら、より大きな米中対立の構図における自由主義諸国の戦略を練っていく作業は、必須である。
文・篠田 英朗/提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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