抗生物質に耐性を持つようになった細菌のことを「薬剤耐性菌」と呼びます。

耐性菌が増え続けると人類は多くの病気に対して打つ手がなくなってしまいます。

そのため、米国疾病管理予防センター(CDC)は、世界でもっとも緊急を要する公衆衛生上の危機の1つとして、この薬剤耐性菌をあげているほどです。

なんとかして薬剤耐性菌の増加は食い止めていかなければならないのです。

ところが、米国ディーク大学の研究チームは、人間に近い場所で生活するキツネザルの腸内に、抗生物質耐性菌が存在していることを発見したと報告しています。

これは人間との距離が近ければ近いほど高くなり、ペットのキツネザルは野生の35倍もの割合になるというのです。

研究の詳細は、8月9日付で科学雑誌『Frontiers in Ecology and Evolution』に掲載されています。

目次
細菌と人類の戦い
キツネザルから見つかる抗生物質耐性菌

細菌と人類の戦い

人間の近くで生活するキツネザルの腸内から薬剤耐性菌が発見される
(画像=細菌はどこにでもいる存在で、病気の原因になることも多い / Credit:canva、『ナゾロジー』より引用)

私たちが病気になるとき、その原因はだいたいが体内に入り込んだ悪いウイルスや細菌です。

そして、体内に入り込んだ細菌を退治するための人類の武器こそが、抗生物質です。

虫歯を抜いたり、怪我をしたりしたとき、お医者さんは抗生物質を処方します。

これは傷口があれば基本的にそこから細菌は入ってくるので、あらかじめ対処するために飲んでいるのです。

そしてこうした薬が処方されるとき、絶対ちゃんと薬を飲みきってくださいね、と注意を受けるはずです。

人間の近くで生活するキツネザルの腸内から薬剤耐性菌が発見される
(画像=体内に入り込んだ細菌と戦う人類の武器こそが抗生物質。必ず飲みきってください。 / Credit:canva、『ナゾロジー』より引用)

抗生物質は体内に入り込んだ細菌にとっては毒です。

しかし、細菌は非常に適応力の高い生き物なので中途半端に抗生物質を飲むと、死なない程度に細菌を痛めつけて、彼らに耐性を付けさせるだけで終わってしまうのです。

おかわりもいいぞ、と訓練を受けて耐性を手に入れた細菌は、その後同じ抗生物質では退治できなくなってしまいます。

これを解決するには、新しい強い抗生物質を作るしかありません。それにも耐性を獲得されたら、さらに新薬を作って対処します。

実際、現在の医学はそのイタチごっこを細菌と繰り返しています。

当然、こんなことを繰り返していては、人類がジリ貧になって敗北する未来しか見えてきません。

そのため、米国疾病管理予防センター(CDC)は、世界でもっとも緊急を要する公衆衛生上の危機の1つとして、抗生物質耐性菌の問題をあげているのです。

しかし、いくら細菌の適応力が高いとはいえ、なぜこれほど簡単に抗生物質耐性を手に入れてしまうのか、またその耐性菌がなぜ容易に世界へ広がって言ってしまうのかは、よくわかっていません。

そんな中、報告されたのが今回の研究で、人類にとっては遠い霊長類の親戚といえるキツネザルの腸内から抗生物質耐性菌が見つかったというのです。

キツネザルから見つかる抗生物質耐性菌

研究チームは、10のキツネザルの集団から糞を採取して、そこに含まれる微生物の遺伝子配列から抗生物質耐性の遺伝子マーカーを探しました。

検証された10の集団とは、7つがマダガスカルの野生個体群、2つがマダガスカルと米国の研究施設で飼育されているグループ、残りの1つはマダガスカルでペットそして飼われているグループです。

野生動物の腸内細菌叢では、耐性菌の遺伝子が含まれている平均的な割合は、ほぼゼロに近いものでした。(ただしゼロではなかった)

しかし、研究施設で飼育されているものは、野生の25倍以上となっていたのです。

さらにペットのキツネザルでは、その割合は野生の約35倍にもなっていました。

研究施設のキツネザルに耐性菌があるのは、獣医のケアを受けているためです。

彼らは抗生物質に直接触れる機会があり、これはそれほど不思議なことではありません。

しかし、問題はペットのキツネザルの方が割合が高いことです。

マダガスカルでは、キツネザルをペットとして飼うことは違法です。そのため、キツネザルを飼っている人たちは発覚を恐れて基本的に動物病院などは利用しません。

つまり、この結果は、直接抗生物質を利用していなくても、人間と環境を共有しているだけで、抗生物質耐性菌を獲得してしまうことを示唆しているのです。

人間の近くで生活するキツネザルの腸内から薬剤耐性菌が発見される
(画像=抗生物質耐性菌のバイオフィルム / Credit:depositphotos、『ナゾロジー』より引用)

ワオキツネザル(輪尾狐猿、Ring-tailed lemurs)は雑食性で、土や排泄物など、手に入るものは何でも食べてしまいます。

家庭内では、飼い主の肩に乗ったり、外でもお金を払って写真を撮りたがる観光客の腕の中にいたりと、常に人間と接触しています。

そして、これは人間にとっても動物にとっても有害な行為となります。

研究者は、このような環境が、キツネザルに抗生物質耐性を与えている要因だろうと述べています。

「微生物は、すべてのものに重なる毛布のようなものです。

内臓だけでなく、皮膚や家具、食べ物や水にも存在します。

常にどこにでもいて、環境間で簡単に伝染するのです」

今回の研究チームの一人、デューク大学の大学院生サリィ・ボーンブッシュ氏はそのように述べます。

キツネザルに見られる今回の結果は、耐性菌の獲得が抗生物質の投与だけでないことを明らかに示しています。

これは少し怖い結果ですが、今後の腸内細菌叢の研究や、自然保護の研究においては役立つ知見になるだろうと研究者は語ります。

耐性菌の広がりは、人が抗生物質を利用する限り抑えることは難しいのかもしれません。


参考文献
Drug-resistant bacteria found in the guts of lemurs who live around humans(Phys)

元論文
Antibiotic Resistance Genes in Lemur Gut and Soil Microbiota Along a Gradient of Anthropogenic Disturbance


提供元・ナゾロジー

【関連記事】
ウミウシに「セルフ斬首と胴体再生」の新行動を発見 生首から心臓まで再生できる(日本)
人間に必要な「1日の水分量」は、他の霊長類の半分だと判明! 森からの脱出に成功した要因か
深海の微生物は「自然に起こる水分解」からエネルギーを得ていた?! エイリアン発見につながる研究結果
「生体工学網膜」が失明治療に革命を起こす?
人工培養脳を「乳児の脳」まで生育することに成功