それは翅というにはあまりにもスカスカ過ぎました。
日本の千葉大学と東京工業大学で行われた研究によれば、世界最小クラスの昆虫として知られる羽毛昆虫(体長395μm)が、羽毛状の翅で飛ぶ仕組みを解明した、とのこと。
通常、私たちが見るハチやチョウなどの昆虫は薄い膜状の翅を使って空気を押しながら空を飛びます。
ですがこの体長395μmほどの昆虫の翅は、肝心の膜部分が存在しません。
例えるなら、水でふやけて紙の部分が全部とれてしまった「骨だけのウチワ」のような状態の翅で飛んでいるのです。
いったい彼らはどんな原理で空を飛んでいるたのでしょうか?
研究内容の詳細は1月19日に『Nature』に掲載されています。
目次
膜がない羽毛状の翅で飛ぶ昆虫の飛行原理を解明!
自分で作った渦に自分を吸わせる
膜がない羽毛状の翅で飛ぶ昆虫の飛行原理を解明!
私たちが目にする空を飛ぶ生き物のほどんどは、翼などの飛行機関に、空気を押したり受け止める膜を持っています。
鳥の場合は密集した羽毛が空気を押したり受けたりしますし、ハチやハエなどの昆虫は透けるほどの薄い膜状の翅を上下に羽ばたかせて飛ぶ力(揚力)を得ています。
しかし世界最小クラスの昆虫として知られる羽毛昆虫(学名:Paratuposa placentis)は違いました。
羽毛昆虫が空を飛ぶことは以前から知られていましたが、その翅が普通ではなかったのです。
彼らの翅は上の図のように、水でふやけて紙の部分が全部とれてしまった「骨だけのウチワ」のように、空気を押したり受け止めたりするための膜部分が存在しなかったのです。
骨だけになったウチワで仰いでも、空気の流れに影響を与えられず、全然涼しくならないのは誰もが想像できるでしょう。
同様に空気の流れに影響を与えられない羽毛状(骨だけ)の翅では、空を飛ぶことはできないハズでした。
しかし残念なことに羽毛昆虫の調査は進んでおらず、膜のない翅での飛行メカニズムは30年来、謎のままでした。
そこで今回、千葉大学と東京工業大学をはじめとした国際共同チームは、羽毛昆虫の飛行メカニズムの解明に挑みました。
研究者たちは電子顕微鏡を用いて翅の詳細な観測を行うと同時に、高速度カメラを用いて羽毛昆虫の飛ぶ様子を詳細に記録。
そして集められたデータを東京工業大学のスーパーコンピューターTUBAME3.0を用いて仮想世界でシミュレートしました。
結果、羽毛状の翅は、前後で拍手をするような独特の羽ばたきによって上下に空気の渦を作り出し、渦が空気を吸い込む力を利用して飛んでいることが判明しました。
羽毛状の翅は空気を直接的に押したり受け止めたりする代わりに、吸引力のある渦を生成して自分の体を引き上げさせるために存在していたのです。
また膜の部分を節約することで、同じサイズの膜状の翅に比べて翅全体の重量を10分の1~6分の1近くに削減することが可能になっています。
さらにカブトムシの硬い背中に該当する翅を守る鞘翅を器用に上下に動かすことで、激しい羽ばたき中でも体の安定を保っていることも示されました。
自分で作った渦に自分を吸わせる
今回の研究によって、マイクロメートルサイズの昆虫の飛行メカニズムが明らかになりました。
羽ばたき運動による飛行は大きすぎても小さすぎても不可能になります。
鳥より巨大な飛行機サイズでは羽ばたくよりも固定翼に推進器(エンジン)をつけるほうが効率的であり、羽毛昆虫の小ささでは空気の粘性の影響が強くなって、羽ばたきが飛行につながらなくなってしまいます。
しかし羽毛昆虫の膜のない羽毛状の翅は渦生成に特化することで、自分が作った渦に自分を吸い上げさせ、マイクロメートルの世界での羽ばたき飛行を可能にしていたのです。
研究者たちは他の極小昆虫にも同様の飛行システムがあると考えており、さらなる研究によって昆虫が小型化した進化の謎に迫れると考えているようです。
また羽毛昆虫の飛行メカニズムを応用すれば将来的には、蚊の数分の1以下の極小飛行ロボを作れるようになるでしょう。
科学がどんなに発達しても、自然から学ぶことは絶えないのかもしれませんね。
参考文献
最小羽毛昆虫は羽毛状の翅(はね)でどう飛ぶのか? 体長約 0.4mm の昆虫に潜む究極の飛行デザイン
元論文
Novel flight style and light wings boost flight performance of tiny beetles
提供元・ナゾロジー
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