凍てついた氷河の下、そんな場所にも微生物たちは生存しています。

日も差さず、酸素もない、そんな場所で彼らはどうやって暮らしているのでしょう?

12月21日に科学雑誌『PNAS』で発表された新しい研究は、氷河の下にいる微生物たちが太陽光を必要とせずに、水素ガスと二酸化炭素で光合成のような作用を行っていると報告しています。

この発見は、地球上だけでなく凍てついた他惑星の環境でも生物が暮らしていける可能性さえ示しています。

目次
氷河の下で生きる微生物たち
気候調節や、「他惑星の居住性」にも関わる事実

氷河の下で生きる微生物たち

太陽光も酸素もいらない。「水素ガス」から栄養をつくる微生物が氷河の下で発見される!
(画像=研究の筆頭著者であるモンタナ州立大学のエリック・ダナム氏。 / Credit:Montana State University、『ナゾロジー』より引用)

今回の研究を行ったのはモンタナ州立大学の大学院生エリック・ダナム氏です。

ちなみに彼の指導教官はエリック・ボイド氏、そして研究チームにはウィスコンシン大学のエリック・ローデン氏が参加しています。

「ああ、君もエリックなのか」なんて会話があったんじゃないかと想像してしまいますが、そんな偶然にもエリックだらけとなった研究チームが調査したのが、氷河に住む微生物です。

氷に覆われた場所は、どう考えてもすべての生物にとって住みにくい環境です。彼らはどうやって生存を維持しているのでしょうか?

疑問点を解消すべく、チームエリックは世界中の氷に覆われた地域から収集されたデータを調査しました。

今回の研究で使われたのは、カナダとアイスランドの氷河から採取された堆積物のサンプル。微生物たちは氷河とその下の岩盤の間で生活しています。

チームが考えたのは、それがどのような相互作用をしているかということでした。

そして調査によって、堆積物の中から水素ガスによって生存をサポートされている微生物が見つかりました。

しかし、最初は氷河の下の水素ガスが、どこから来ているのかわかりませんでした。

調査を進めると、氷河の下のシリカ(ケイ素)に富んだ岩盤が、氷の重さによって小さな鉱物粒子に粉砕されるとき水素ガスが発生するとわかりました。

鉱物微粒子と融解した氷河の水が結合すると、水素ガスが生成されるのです。

さらに、氷河の下の微生物群は、化学合成というプロセスを通じて、水素ガスと二酸化炭素を組み合わせて、有機物(バイオマス)を生成することができることもわかりました。

この化学合成は、植物が行う光合成によく似ています。植物は太陽光と二酸化炭素を使いバイオマスを作っています。

ただし、今回の微生物はこの化学合成に太陽光を必要としていませんでした。

この事実は、一体何を意味するのでしょうか?

気候調節や、「他惑星の居住性」にも関わる事実

太陽光も酸素もいらない。「水素ガス」から栄養をつくる微生物が氷河の下で発見される!
(画像=過酷な氷に閉ざされた環境でも、微生物は生存している。 / Credit:canva、『ナゾロジー』より引用)

この微生物は、成長の材料として水素ガスに依存しており、嫌気性菌でした。つまり酸素に触れると死んでしまいます。

そのため、チームはまずできるだけ早くサンプルから酸素を抜き、氷河をシミュレーションした環境でサンプルを数カ月に渡って成長させてみました。

ここからは興味深い事実がいくつも発見されました。

まず採取した堆積物の水素ガス生成量は、氷河の下にある岩盤の種類に影響を受けているようでした。

たとえば玄武岩質の岩盤の上にあったアイスランドのカトラ氷河のサンプルは、カナダのアルバータ州にあるロバートソン氷河のサンプルより、はるかに多い水素ガスを生成していました。

これはそこで生活する微生物たちの水素代謝能力にも影響していると考えられます。

また、これらの生物たちは水素ガスと二酸化炭素を使ってエネルギーを生成するので、植物の光合成と同様に地球の気候調節において重要な役割を果たしてると考えられます。

氷河や氷床は、現代の地球でも陸地の約10%を覆っています。過去には今よりはるかに大きな割合を占めていたでしょう。

それを考えると、この微生物たちの活動は、地球の気候に大きな影響を与えていた可能性があります。

氷河や氷床の下に生息する微生物が、炭素を固定できるということは以前から知られていた事実ですが、その方法はこれまで明らかにされていませんでした。

今回の研究の重要な点は、氷河の微生物たちが完全に独立した独自の炭素固定方法を持っているというだけでなく、彼らの方法なら光合成のように太陽光を必要としないということです。

太陽光も酸素もいらない。「水素ガス」から栄養をつくる微生物が氷河の下で発見される!
(画像=凍りついた土星の衛星エンケラドゥスの地表。 / Credit:Wikipedia、『ナゾロジー』より引用)

現在、地球以外の惑星の居住性を科学者が評価する場合、水とエネルギー源が重要な要素になっています。

自立した微生物群が、水素ガスによって氷の環境で反映できるという事実は、他の惑星の潜在的な居住可能環境を理解するために重要な知見となるでしょう。

「他の惑星には、氷や氷河がたくさんあります。そこは居住可能でしょうか? もしそこにエリックの研究と同様の岩盤があったとすれば、そこに微生物は住んでいる可能性を否定する理由は、もはやありません」

エリック・ダナム氏の指導教官エリック・ボイド氏はそのように研究の意義を語っています。

酸素もなく太陽光もろくに差し込まない凍りついた星に、生物がいるなんてとても想像できませんが、地球の氷河からはそんな可能性を見いだすことができるのです。


参考文献

Montana State University


提供元・ナゾロジー

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