がん細胞をバグらせる治療法が進んでいます。

イタリアのトリノ大学(University of Turin)で行われた研究によれば、がん細胞を強制的に変異させることで、免疫療法の効果が上がることが判明した、とのこと。

がん細胞は変異によって免疫療法から逃れるステルス能力を獲得することが知られていますが、外部から「望まぬ変異を強制」することで、自分のステルス能力を台無しにする余計なタンパク質(新抗原)を作らせることが可能になります。

がん細胞の武器である変異を人類が乗っ取り操作できるようになれば、免疫療法の効果を劇的に高めることができるでしょう。

研究内容の詳細は『Journal of Clinical Oncology』にて公開されています。

目次
がん細胞のステルス能力のせいで免疫療法は行き詰っていた
がん細胞に対して「望まぬ変異」を強制する

がん細胞のステルス能力のせいで免疫療法は行き詰っていた

がん細胞を強制変異でステルス解除させ免疫に殴らせる治療法が開発
(画像=がん細胞を変異させれば免疫で殴れるようになります / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

人間の免疫能力を解き放つ免疫療法は、多くのがんに対して優れた効果を発揮します。

がん細胞は人間の免疫システムを抑え込む能力がありますが、免疫療法には、がん細胞による免疫の抑え込みを解放する作用があり、がん細胞に対する免疫システムの再攻撃を可能にします。

ボクシングで例えるならば、免疫療法には、がん細胞によって押さえつけられていた戦意が解放する効果を与えていると言えるでしょう。

(※チェックポイント阻害剤によりT細胞にかせられていた免疫抑制効果が解放されます)

しかし、いくつかのがん細胞は変異によって、免疫療法から逃れるステルス能力を獲得することが知られていました。

免疫療法は人間の免疫システムを基本としているために、免疫が上手くがん細胞を認識できなければ、効果は得られません。

再びボクシングで例えるならば、ステルス能力によって、がん細胞が迷彩によってリングに溶け込んでしまい、パンチがあたらなくなっている状態と言えます。

これでは免疫療法によって戦意が回復しても、敵を認識できないため攻撃ができません。

そこで近年になって、ステルス化したがん細胞を免疫に認識されるさまざまな方法が開発されてきました。

(※たとえば以下の研究では、がん細胞を1度取り出して半殺しにして戻すことで、がん細胞に介錯信号を発せさせステルスを解除させます)

一方で最近になって注目されているのが、がん細胞に対して変異を与える手法です。

がん細胞に対して「望まぬ変異」を強制する

がん細胞を強制変異でステルス解除させ免疫に殴らせる治療法が開発
(画像=まず、がん細胞に望まぬ変異を与えます / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

がん細胞に変異を与える手法も、基本は、がん細胞のDNAをズタズタにすることを目指しています。

がん細胞に対して外部から「望まぬ変異」を強制することで、ステルス化したがん細胞に余計なタンパク質を作らせ、自分のステルス能力を台無しにさせるという戦略です。

この戦略をもとに、がんになったマウスに対して、がん細胞のDNA修復を阻害し変異を誘発する薬剤を与えたところ、がん細胞にエラーが蓄積してステルスが解除され、免疫療法がうまく機能することが示されました。

(※がん細胞は変異を武器に生存能力を高めていますが、免疫から隠れ続けるにはステルス機能にかかわる遺伝子に変異を修復する能力が必要でした)

がん細胞を強制変異でステルス解除させ免疫に殴らせる治療法が開発
(画像=変異が蓄積するとがん細胞のステルス能力がガバガバになります / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

この結果は、がん細胞に効果的に変異を与え「バグらせる」ことができれば、免疫療法によって高められた攻撃が命中することを示します。

そこで今回、動物実験での成功を経た研究者たちは、人間に対する臨床試験を実施することにしました。

研究では、免疫療法が上手くいかなかった進行性結腸癌の患者に対して、がん細胞の変異を誘発する「テモゾロミド」を与えられました。

結果、治療グループ全体で腫瘍の成長が平均して7カ月間停止したことが判明します。

また研究者たちが行った最新の学会発表では、テモゾロミドを投与された16人中14人で、がん細胞の突然変異が誘発されていることが示されました。

さらに別の研究グループが行った研究では、テモゾロミドに加えて別の変異誘発剤シスプラチンを混ぜてマウスに注射してみたところ、それぞれを単独で投与した場合に比べて1000倍のフレームシフト変異が起きており、免疫療法によって腫瘍が消えている様子が示されました。

(※フレームシフト変異は塩基の欠損や挿入によって起こる変異であり、他の変異に比べて大きな影響が出る傾向があります)

また同様の混合処方を人間に行った場合でも、がん細胞で高レベルのフレームシフト変異が起こり、腫瘍の成長が止まっている様子が確認できました。

これらの結果は、変異誘発剤の投与によって、がん細胞のDNAにダメージが蓄積してステルス能力を維持でなくなり、免疫療法による退治が進んでいることを示します。

そうなると気になるのが、安全性です。