前回は、消費者が抱く「買物の面倒」にいかに立ち向かうかが小売事業者にとって重要であることをご紹介しました。今回は、そんな買い手の意識と行動が変化するなかで重要性が増している「デジタル上の棚=デジタルシェルフ」の考え方と、小売事業者が知っておくべきポイントについてご紹介します。デジタルの棚と聞くと、実店舗を主戦場とする小売事業者には無関係と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、消費者がどのような心理から消費行動に結びつくようになっているのかは、しっかり把握して対応しておく必要があります。
商品購入のきっかけはデジタルシェルフに収束
「デジタルシェルフ」とは、基本的にはデジタル上の棚(ECサイトの商品ページなど)のことを指しますが、その影響力はデジタル上に留まらず、全ての小売事業者にとって無視できないものになっています。
たとえば、誰か親しい人に「こんなよい商品がある」と紹介された場合、昔なら記憶しておくかメモをとっておいて、週末になるのを待ってからお店に見に行くという行動が当たり前でした。しかし、今は話を聞いてすぐにふだん使っているECサイトやSNS、アプリ(=デジタル上の棚)を見て売上ランキングやレビューを確認するなど、すぐに購入検討の入口に立つことが当たり前になっています。

つまり、デジタルシェルフは「気になった『瞬間』に触れるタッチポイント」なのです。一度検討の入口に立ってしまえば、その後も電車の中、寝る前、TVを見たときなど、気になることがあればその都度欲しい情報に合ったさまざまなプラットフォームを確認することになります。そのため、デジタル上の棚を押さえておくことの重要性が増しており、リアル店舗の棚の一等地に商品があること自体あまり意味がなくなってきているのです。
もちろん、結果的に購入する場所がリアル店舗になることは多いですが、探し始める瞬間のどの棚を取れているかということが非常に重要なのです。この「探し始める瞬間の棚」は、アマゾン(Amazon.com)や楽天市場の場合もあればSNSの場合もあり、商材やターゲットの年齢層のほか、そのとき欲しい情報などによっても異なります。デジタル上のどこにある棚が自社商品と相性がよいのかを把握しつつ、デジタルシェルフ全体のシェアを上げていくということが、小売事業者全体にとって重要な課題となっているのです。
基本的な戦略は「チャネルの全張り」
これまでは、大手量販店や専門店の棚をいかに押さえるかという競争が繰り広げられていました。当時の競争は非常にシンプルで、広告宣伝料と営業マンの人数によって決まる勝負でした。そのため、基本的には資本力があれば勝つことができました。しかも棚面積が物理的に限られているため有限性が高く、一等地に置ける商品数が限られているため、新規でこの勝負に割り込むことは非常に難しいものでした。

一方、デジタルシェルフでは、棚が無限とまではいかないものの一気に広がり多岐に渡っています。このように、競争の原理自体が大きく変わりつつあることを、まずはしっかり理解しておく必要があります。
そんな「デジタルシェルフ時代」の棚取り戦略は、基本的に楽天市場、アマゾン、TikTokのようなSNSなど「チャネルの全張り」が必要です。当然、金銭的コストもそうですが、オペレーションコストもかかるため、従来の縦割り型組織ではなく、新しい時代にフィットした体制も必要です。
また、どうしても多くの商品が乱立するプラットフォーム上での戦いであるため、原則的に一人勝ちができず、分散化される傾向にあります。デジタルは棚数に上限がないため、潤沢な資金があってもそのすべてを押さえることができないのです。さらにECモールやSNSの特性上、先行者有利なロジックが働きやすいため、デジタルの世界では大手であってもなかなか勝つことが難しいのです。