誰かが側にいる実感を「音だけ」で出せるようです。

京都大学と熊本大学の研究によれば、隣に人がいるかのような実在感を音だけを使って与えることに成功した、とのこと。

「誰かがいるという実感」を引き出す技術は、将来のVR技術やASMRにおいてより高い没入度を得るために必須となるでしょう。

しかし、いったいどうやって音だけで「実在感」を与えることができたのでしょうか?

研究の詳細は、2022年4月4日付で科学雑誌『Scientific Reports』に掲載されています。

目次
「誰かがいる実感」を客観的に測定する
空間情報を持った音が「誰かいる実感」を生み出していた

「誰かがいる実感」を客観的に測定する

音だけで「誰かそこにいる」実在感を与えることに成功!
(画像=Credit:Arina Kiridoshi et al . Spatial auditory presentation of a partner’s presence induces the social Simon effect (2022) . Scientific Reports、『ナゾロジー』より引用)

VRにおいて最も重要なのは、「人間(キャラクター)がそこにいる」という実在感です。

これまで実在感を得る方法として、触覚や匂いを使ったさまざまな方法が開発されてきました。

しかし「実在感」は非常に主観的な印象であり、客観的に評価することが困難でした。

ですが今回、研究チームは、古くから知られている心理効果を使って「実在感」の客観的な測定に挑むことにしました。

私たちは、隣の人と分業するとき、音に対する反応速度などの課題遂行能力が上昇する、という不思議な効果「ソーシャルサイモン効果(SSE)」が知られています。

一般的な例では、2人の被験者を並べて座らせ、左からの単音(ピー音)と右からの雑音(ザー音)をランダムに聞かせて、右から雑音が聞こえたときには右の被験者(自分)が右手で右側にあるボタンを押し、単音がした時には左側にいる被験者(パートナー)が左手で左のボタンを押します。

何の意味もない試験に思えますが……違います。

左側に座っていた被験者(パートナー)を退席させた状態で実験を続けると、右側に座った被験者はなんと、音に対する反応速度が大きく低下してしまうのです。

(※雑音だけに注意して右手でボタンを押せばいいのに、パートナーがいないとその速度が落ちていました)

この現象は1920年代から知られており、古くから心理学だけでなくスポーツなどの行動心理学の分野で研究対象となってきました。

どうやら社会的動物である人間には、他者との共同行為によって成績を上げる不思議な力が備わっているようです。

音だけで「誰かそこにいる」実在感を与えることに成功!
(画像=Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

また興味深いことに、成績向上効果は、被験者が「他者の存在を実感している」ときにだけ起こることが知られていました。

距離的に近くても、分厚い壁に隔てられて他者を実感できない場合、ソーシャルサイモン効果は起こらず成績も上がりません。

一方、パートナーが遠く離れた場所にいても、メディア媒体(ビデオ通話)などを通して映像や音でパートナーを実感できれば、成績を上げる効果が発揮されます。

さらには、パートナーがロボットのような非人間であっても、存在が実感できれば成績は上がります。

原始的な人間の脳にとっては、離れていようが擬人化した存在であろうが、パートナーがいる実在感が重要であることを示します。

またこれらの結果は、パートナーが存在する実感をソーシャルサイモン効果という客観的な尺度で測定できることを意味します。

(※パートナーがいると実感しているかをアンケートで答えてもらうことも可能ですが、それは主観的なものに過ぎません)

そこで今回、京都大と熊本大の研究チームは、パートナーが存在する実在感をソーシャルサイモン効果を利用して、音だけで与えられるか調べることにしました。

音だけで他者の実在感を与えられれば、VRにおける臨場感と迫力のこもった体験も実現可能なはずです。

そして実験を行った結果、ある特定の性質を持った音が、誰かがいる実在感に必要であることが判明しました。

空間情報を持った音が「誰かいる実感」を生み出していた

音だけで「誰かそこにいる」実在感を与えることに成功!
(画像=Credit:wikipedia、『ナゾロジー』より引用)

音だけで「誰かいる」実在感を起こせるのか?(音だけでソーシャルサイモン効果を起こせるのか)

調査にあたって研究チームはまず、被験者の視界を薄い壁で遮り、視覚的な方法でパートナーの実在感をもてなくしました。

そして、被験者にヘッドホンをしてもらい、

・パートナーが自然に出す生活音(衣擦れ・キーボードのタイプ音・椅子がきしむ音・ボタンを押す音)を通常の録音で採取したもの

・空間的な位置が把握できるようにバイノーラル技術で録音したもの

の2種類を聞かせました。

(※バイノーラル技術では、人間を模した人形の耳や鼓膜部分にマイクを設置することで、音の反射や左右の聞こえ方のズレを反映して録音でき、音源の上下左右・前後といった空間的(立体的)な情報を内包できるようになっています)

そして音(雑音)が聞こえたら、できるだけ素早くボタンを押すという、ソーシャルサイモン効果を測定するタスクを行いました。

結果、空間的な位置を把握できるパートナーの生活音を聞いていた被験者において、ソーシャルサイモン効果が誘発され、雑音に対して素早くボタンを押せるようになっていることが判明します。

この結果は、空間的な情報を含んだパートナーの出す生活音が、被験者のうちにパートナーがいる実在感を誘発し、ソーシャルサイモン効果による成績向上を起こしていることを示します。