死後24時間以内ならば子孫が作れるようです。
日本の東京海洋大学で行われた研究によれば、死んだ魚から回収された生殖幹細胞を稚魚に移植することで、精子や卵子へ向けた成長を実現した、とのこと。
この技術は「体の死」と「細胞の死」の時間のズレを利用したものであり、貴重な魚や絶滅危惧種などの維持・増殖の手段として期待されます。
研究内容の詳細は2022年4月15日付で『Awuaculture』にて掲載されています。
目次
死んだ魚からでも「子孫」の作成が可能に
近縁種を精子や卵子を育てる代理母にできる
死んだ魚からでも「子孫」の作成が可能に
私たち人間や魚など動物の体は、死の直後から細胞の崩壊がはじまり、やがて腐敗して完全に分解されていきます。
人間の場合、死の影響を最も受けやすいのは脳細胞であり、呼吸の途絶によって数分から数十分ほどで、ほぼ全てが死滅します。
一方で、心臓の細胞は脳と比べて比較的タフであり、呼吸の停止後もしばらくは動き続けます。
カエルやマウスの解剖を行った経験のある人は、解剖が開始されてからかなりの時間、摘出された心臓が鼓動しているのを見たことがあるでしょう。
この奇妙な現象は「生命としての死(体の死)」と「細胞の死」のタイミングが僅かにズレていることが原因となっています。
そこで今回、東京海洋大学の研究者たちは、このタイムラグを利用すれば、死後時間が経過した死体からでも子孫が作成できると考え、実験を行うことにしました。
実験はまず、ニジマスに致死量の麻酔を打ち込み死亡させることからはじまります。
ニジマスの死亡が確認されると研究者たちは死体を10.5℃の水に入れ、0~24時間放置した後に、生殖幹細胞を摘出し、生きているかどうかを調べました。
すると上の図のように、かなりの数の細胞が死後24時間後も生きていることが確認されました。
次に研究者たちは摘出された生殖幹細胞をニジマスの稚魚の腹腔に注射し、死んだ魚から取り出された生殖幹細胞がどうなるかを追跡しました。
結果、オスの稚魚に入れられた生殖幹細胞は精巣で、メスの稚魚に入れられた生殖幹細胞は卵巣に勝手に移動して増殖し、精原細胞(精子の元)や卵母細胞(卵子の元)に変化している様子が確認されました。
(※精巣への移植の生着効率は、0時間後で90.61%、6時間後で82.22%、12時間後で73.33%、24時間後で6.68%でした。死後24時間が経過した体から取り出された生殖幹細胞は移植効率の低下がみられましたが増殖と分化を起こす能力は残っていました)
この結果は、死後24時間が経過した魚の死体の中でも生殖幹細胞は生きており、移植された稚魚の中で精子や卵子に変化できる可能性を示唆します。
研究者たちは成長した稚魚から精子と卵子を採取し掛け合わせることで、死んだ魚の遺伝子を引き継いだ子孫を作ることが可能であると述べています。
(※精子と卵子を掛け合わせる過程を経るためクローンや無性生殖とは異なります)
近縁種を精子や卵子を育てる代理母にできる
今回の研究により、死後時間が経過した死体であっても、生殖幹細胞さえ生きていれば、子孫が作れる可能性が示されました。
これまでは飼育中の絶滅危惧種や希少な魚が事故や災害で予期せぬ死を迎えた場合、諦めるしかありませんでした。
ですが本研究で開発された技術を使うことで、魚の死体を遺伝子資源として活用できるようになります。
また同様の手法が魚類以外にも使える場合、さまざまな希少種の死体も子孫形成の材料になるでしょう。
生前は肉体への負荷を気にして実行できなかった生殖幹細胞の摘出手術も、死体に対しては気兼ねなく実行することが可能となります。
さらに生殖幹細胞の移植と成長は、近縁であれば異なる種間でも実行可能であると考えられています。
もし希少種の精子や卵子を近縁種の体内で大量生産することができれば、現在地球に生存する多くの絶滅危惧種を救うことができるかもしれません。
参考文献
«死んだ魚からでも子孫をつくることが可能に!?»死魚から単離した生殖幹細胞を移植することで卵・精子分化へと誘導する技術開発に成功(PDF)
水圏生殖工学研究所(東京海洋大学)
元論文
Gametogenesis commencement in recipient gonads using germ cells retrieved from dead fish
提供元・ナゾロジー
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