ウクライナ危機の深刻化を受け、欧米日がロシアに対する経済制裁を一段と強化するなど、世界経済からロシアを切り離す動きが強まっている。ロシアからのエネルギー資源の供給減少が懸念されるため、国際金融市場においては原油や天然ガスなどを中心に幅広く鉱物資源価格が上振れしている。
さらに、ロシアとウクライナは世界有数の穀物輸出国であるため、事態の長期化による供給懸念から、小麦や大豆、トウモロコシなど穀物価格も上振れするなど、国際商品先物指数であるCRB指数などの国際商品市況も上昇トレンドにある(図表)。
こうした幅広い商品価格の上昇を受けて、全世界的にインフレ圧力が強まることが懸念されており、市場では米連邦準備制度理事会(FRB)をはじめとする主要国中銀がタカ派姿勢を強めるとの見方が強まっている。
これまで市場では、コロナ対応を目的とする世界的な金融緩和を追い風に、「カネ余り」の様相を強めてきた。こうしたなか新興国では、より高い収益を求めるマネーが回帰する動きが見られたが、そうした状況が一変する可能性が高まっている。新興国の一部では資金流出に伴う通貨安が輸入物価を押し上げるなど、国際商品市況の上昇の動きと相まってインフレ圧力が強まる懸念が増している。
食料品やエネルギーなど生活必需品を中心とする物価上昇の動きは、消費支出に占める生活必需品の割合が高い新興国経済を大きく揺さぶっている。スリランカでは外貨不足が懸念され、原油や石炭価格の上昇を受けた電力不足のほか、生活必需品の供給不足が顕在化しており、反政府デモが激化している。ペルーでも、政治不信がくすぶる中でインフレをきっかけに反政府デモが勃発するなど、新興国で政情不安につながる動きが広がることが懸念される。
2010年から12年にかけて、中東や北アフリカなどアラブ諸国では、小麦価格の高騰に伴う貧困層の困窮や若年層を中心とする雇用不安をきっかけに、政府に対する抗議の動きが広がり、一部の国では政権崩壊に至るいわゆる「アラブの春」と呼ばれる動きが見られた。国際商品市況の上昇やそれに伴う生活必需品を中心とするインフレは、コロナ禍からの回復途上にある新興国経済を大きく揺さぶる。今後の国際情勢にとって新たな火種となる可能性に注意が必要だ。
文・第一生命経済研究所 経済調査部 主席エコノミスト / 西濵 徹
提供元・きんざいOnline
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