医療研究の進歩から、難病が治せるようになるかもしれません。

米国のAtara Biotherapeutics社は、多発性硬化症(MS)の患者に、エプスタインバーウイルス(EBウイルス)と戦う力のある免疫細胞(T細胞)を移植したところ、回復困難と考えられていた進行性の症状に改善がみられたと発表。

多発性硬化症は自己免疫疾患の一種であり、免疫が誤ってウイルスではなく自分の神経細胞を攻撃してしまうことが原因で起こります。

そのため、原因となるウイルスの除去が症状の改善に有効であると予測されていました。

現在、臨床試験も進んでおり、難病の克服につながる有力な治療法になると期待されています。

研究内容の詳細は、2022年3月22日に同社で行われたプレゼンテーションによって発表されました。

目次
多発性硬化症では「神経の絶縁体」が失われていく
多発性硬化症は「ウイルス感染」が原因だった

多発性硬化症では「神経の絶縁体」が失われていく

日本で増加傾向の難病「多発性硬化症」の改善に成功! 難病克服の可能性示す
(画像=多発性硬化症では神経の絶縁体が失われていく / Credit:兵庫県難病相談センター、『ナゾロジー』より 引用)

多発性硬化症は古くから、筋肉が麻痺や痙攣を起こしたり、視力が低下していく難病として知られていました。

これらの症状は、体を守るはずの免疫が誤って神経回路を覆う絶縁体部分の細胞を破壊してしまうことで発生します。

電線の外側を覆うビニールが剝がれてしまうと電気の漏電や不正電流の流入が起こるように、神経回路の絶縁体部分が破壊された場合も電気信号の正確な伝達が妨害され、脳からの運動命令や脳に向かう感覚に異常が発生します。

多発性硬化症は多くの場合、回復と再発を繰り返すことが知られており、病名にもなっている筋肉の硬化は主に回復期にみられる症状であることが判明しています。

しかし、一部の多発性硬化症では回復が起こらず、症状が持続的に悪化していく「進行性」となることが知られています。

通常の多発性硬化症には進行を遅らせる治療薬が存在しますが、進行性に対しては現在のところ、有効な治療法はほとんど存在しません。

また多発性硬化症における、「免疫が自分の神経を攻撃するようになる原因」も長い間、謎につつまれていました。

しかし今年の1月になって発表された2つの論文によって、多発性硬化症の原因解明が大きく前進します。

多発性硬化症は「ウイルス感染」が原因だった

日本で増加傾向の難病「多発性硬化症」の改善に成功! 難病克服の可能性示す
(画像=多発性硬化症はウイルス感染が原因だった / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より 引用)

今年の1月になって発表された2つの研究によって、エプスタインバーウイルス(EBウイルス)によるウイルス感染が根本に存在することが示されました。

最初の研究では、約1000万人のアメリカ軍人(退役者含む)が調査されており、多発性硬化症を起こした患者のほぼ全てでEBウイルスの感染が先行していました。

また、ウイルス感染が起きた場合には、多発性硬化症の発生リスクが32倍に増加することも判明しています。

2番目の研究では、このウイルスが生産するタンパク質が、人間の中枢神経で生産されるタンパク質と極めて似ていることが示され、免疫がウイルスの体の一部と勘違いして脳を攻撃する可能性が示唆されました。

つまり体の免疫は、ウイルスを攻撃しているつもりでも、実際には人間の神経を攻撃してしまい、結果として多発性硬化症を引き起こしていたのです。

そこでAtara Biotherapeutics社の研究者たちは、多発性硬化症の引き金となるEBウイルスを駆除することができれば症状が改善すると考え、患者が参加する臨床試験を行うことにしました。

試験ではまず、EBウイルスに感染したことがある非進行性の患者から免疫細胞(T細胞)が抽出されました。

次に、抽出した免疫細胞(T細胞)に対して、拒否反応を起こさないように改造を行い、進行性の24人の患者の体内に注ぎ込みました。

移植された免疫細胞(T細胞)には、EBウイルスに感染した他の免疫細胞(B細胞)を破壊する能力があるため、ウイルスの駆除が進むと考えたからです。

【※EBウイルスは、免疫細胞の1種であるB細胞(抗体の生産工場)に感染することが知られています】

結果、20人(83%)の患者において、進行性の症状が安定したり改善する様子が確認できました。

また、症状が安定あるいは改善した患者の神経を調べたところ、外側の絶縁体部分(ミエリン)の密度が大きく回復していることが判明しました。

【※ミエリンの密度を示す磁化移動比(MTR)が大幅に増加していました】

さらに、神経症状の尺度として利用されているテスト(EDSS)においても好成績を収めるようになり、多発性硬化症が細胞レベルでも症状の重さにおいても、大きく回復している様子が示されました。