バーチャルリアリティ(VR)ヘッドセットは、視聴覚を使ってユーザーに没入感の高い体験を提供します。

しかし人間の感覚には、まだ触覚、味覚、嗅覚があり、いずれかの感覚を追加できれば、VRの世界はより現実に近い環境へ強化できる可能性があります。

オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)およびシドニー工科大学(UTS)のVR研究チームは、VR環境への匂いの追加が及ぼす影響について研究を進めており、あろうことか最恐ホラーゲームとして有名な「バイオハザード7」においてその効果を実験したと報告しています。

プレイ済みの人はあんな世界の匂い嗅ぎたくないと思うかもしれませんが、これはVRの没入感にどんな効果を与えるのでしょうか?

研究の詳細は、3月30日付けで科学雑誌『PLOS ONE』に掲載されています。

目次
バイオ7のVR体験に匂いを追加
匂いは生理的に作用し、臨場感を大幅に増加させる

バイオ7のVR体験に匂いを追加

匂いで臨場感を増した「とんでもないバイオハザード7」がVR研究から誕生
(画像=高い評価を得ているVRゲーム「バイオハザード7」 / Credit:『BIOHAZARD 7 resident evil』TAPE-3“バイオハザード”,biohazard、『ナゾロジー』より引用)

「バイオハザード7」は2017年にカプコンが開発した、現在のところもっとも凝ったVRゲームの1つであり、非常に強烈なホラー体験が楽しめる人気コンテンツです。

ホラーゲームでありながら、「怖すぎる」という苦情が殺到したというこのゲーム。

それはおぞましいグラフィックや巧みなゲーム構成もあるでしょうが、VR体験がいかに強烈な臨場感をもたらすかの証になっています。

買ったけど怖くて途中でやめてしまったという人も多いでしょう。

しかし、VRがいかに高い臨場感と没入感をともなうと言っても、このシステムが刺激しているのは基本的に人間の五感のうちの2つ「視覚」と「聴覚」のみです。

残りの感覚である「触覚」「味覚」「嗅覚」も追加できれば、VRはさらなるリアリティを再現可能になるでしょう。

しかし、味覚や嗅覚については主に化学物質に対する神経の反応であるため、なかなか再現が難しく、VR環境での効果はあまり良くわかっていません。

そこで今回の研究者たちは、強烈なVR体験を提供するバイオハザード7の世界に匂いを追加することで、ユーザーの心理にどのような変化が起こるかを調査してみました。

実験には22人の被験者が参加。このうちバイオ7をプレイ済みの人は1人だけでした。

ゲームのプレイ中、被験者はVRヘッドセットと共に、鼻の下に柔らかいプラスチックチューブを固定して、ここから匂いを生む揮発性物質を送られます。

匂いで臨場感を増した「とんでもないバイオハザード7」がVR研究から誕生
(画像=実験の様子。2のスペースで参加者はゲームをプレイ。4のエリアで研究者が状況を監視している。3で匂いを合成。1のスペースは実験後のアンケートを行うエリア。 / CreditNicholas S. Archer et al.PLOS ONE(2022)、『ナゾロジー』より引用)

上は実験の様子を示した画像で、3のスペースで匂いを合成。2のスペースでゲーム中のプレイヤーに送られます。研究者は4のエリアで監視中です。

実験にもちいられた臭気の元となる揮発性物質は、以下の2つです。

1つは森にいる感覚を高める、刈りたての草のような匂いをもたらす「青葉アルコール(cis-3-hexen-1-ol)」。

匂いで臨場感を増した「とんでもないバイオハザード7」がVR研究から誕生
(画像=森の中や庭のような場所の臨場感を高めたのは刈りたての草の匂い / Credit:CAPCOM、『ナゾロジー』より引用)

もう1つは、「有機硫黄化合物(ジメチルトリスルフィド)」です。

これは玉ねぎのような臭気と表現されますが、初期段階の死体で細菌分解が生成する物質でもあるといいます。

できればあまり嗅ぎたくはない匂いですね。

匂いで臨場感を増した「とんでもないバイオハザード7」がVR研究から誕生
(画像=ジメチルトリスルフィドはいわゆる腐乱した匂いを想起させる / Credit:CAPCOM、『ナゾロジー』より引用)

参加者には匂いのある、無しで同じVR環境の世界を2回プレイしてもらいました。

そして各ゲームプレイの直後に、ゲームプレイ全体の「臨場感」(自分が特定の場所や時間に存在している感覚)と、各シーンへの没入感を評価するアンケートに回答してもらいました。

またプレイヤーの心拍数、体温、皮膚電気活動など生理学的な測定値も収集されました。

皮膚電気活動はあまり馴染みのない単語かもしれませんが、これは皮膚の電気抵抗から発汗について調べるものです。

これらの総合的な結果から、研究者はVRにおける匂いの効果を評価しました。

匂いは生理的に作用し、臨場感を大幅に増加させる

結果、匂いの追加は、匂いのないVR環境と比較して、参加者の空間的な臨場感を大幅に増加させていることが示されました。

参加者もアンケートで匂いがある場合の臨場感やリアリティを高く評価しました。

ただ、感情を測定するPDAモデルの3つの指標「快感(pleasure),覚醒(arousal),優越(dominance)」に変化はありませんでした。

バイオハザード7の世界はすでに完成されているので、感情の振れ幅には匂いのある無しで大きな変動はなかったのかもしれません。

ただ、生理的には身体は影響を受けており、体感としては臨場感が大きく増していると感じるようです。

バイオ7をプレイ済みの人からすれば、「あんな世界に腐敗などの匂いを追加して体験するとか冗談じゃない」と思うかもしれません。

しかし、VR環境は単にゲームだけで利用されるものではなく、仮想トレーニングや、パニック障害治療などのVR暴露療法でも活躍する技術より生理的に効果が高く、臨場感をともなうVR環境の構築は、こうしたVRを利用したさまざまなアプリケーションに有用な知見となるでしょう。

VRへの匂いの追加は、まだ研究段階のものとはいえ、実際に米新興企業の「OVRTechnology」なども製品化に取り組んでおり、実現は近い技術です。

匂いで臨場感を増した「とんでもないバイオハザード7」がVR研究から誕生
(画像=実際匂いを提示するVRシステムは製品化されつつある / Credit:ovrtechnology、『ナゾロジー』より引用)

香りは、主に私たちの記憶や感情に関連した領域である大脳辺縁系に作用します。

匂いを嗅いで、記憶がふわっと広がる感覚を味わったことのある人も多いでしょう。

実験モデルがバイオハザード7だったせいで、あまり歓迎する気分になれませんが、VR環境への匂いの追加はさらなる仮想空間の没入体験に大きく貢献していきそうです。

いずれは、本格的に匂いが追加されたバージョンのバイオハザード7が発売されることになるのでしょうか?

クリア率がさらに下がりそうです。


参考文献

Smells like something died in here! Virtual reality video game Resident Evil 7 is brought to life with scents designed to match the action

元論文

Odour enhances the sense of presence in a virtual reality environment


提供元・ナゾロジー

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