このほど、伝説的な「アーサー王物語」と同時代に当たる、5〜7世紀のイギリス王家の墓が見つかった、と発表されました。
レディング大学(University of Reading・英)によると、王家の墓は、イギリスの西側(イングランド南西部とその北部ウェールズ、およびアイルランド)の約20カ所で、最大65基が特定されたとのこと。
これまで見過ごされてきた理由は、同時代にイギリスの東側を支配した異民族アングロ・サクソン人の豪華な墓と対照的に、かなり質素で飾り気がなかったからと指摘されています。
しかし、今回の発見により、あまり知られていない”アーサー王時代のイギリス史”が明らかになるかもしれません。
研究の詳細は、学術誌『Journal of the Royal Society of Antiquaries of Ireland』に掲載される予定です。
目次
5〜7世紀の「アーサー王物語」は実話かフィクションか
王家の墓は「西が質素で、東が豪華」
5〜7世紀の「アーサー王物語」は実話かフィクションか
伝説的な王としての「アーサー」の物語は、ジェフリー・オブ・モンマスが12世紀に書いた歴史書『ブリタニア列王史(Historiae Regum Britanniae)』によって世界的に浸透しました。
アーサー王は一般に、5世紀後半〜6世紀初めのブリトン人の王として伝わっています。
モンマスの書によると、アーサーは、ブリタニア王ペンドラゴンとコーンウォール公妃イグレインの子で、イングランド南西部・コーンウォール地方にあったティンタジェル城で生まれたという。
のちにアーサー王は、ヨーロッパ北部からイギリス東部に侵入してきた異民族「アングロ・サクソン人」の侵攻を撃退したと言われています。
しかし、モンマスも史実をもとにこの話を書いたわけではありません。
アーサー王の史実性を証明する記録は『カンブリア年代記(Annales Cambriae)』や『ブリトン人の歴史(Historia Brittonum)』に断片的に残されているのみです。
世に有名な「アーサー王物語」のほとんどは、後世の創作や民間伝承によるもので、次第に理想のキリスト教的君主として描かれるようになりました。
アーサーを導く魔術師マーリンや、円卓の騎士、聖剣エクスカリバーなど今に伝わる有名な挿話は、たいていフィクションです。
これにより、「アーサー王は実際に存在しなかった」と考える歴史家が多くいます。
その一方で、本研究主任でレディング大学の歴史学者、ケン・ダーク(Ken Dark)氏は「同名の実在する人物か、架空の英雄が、6世紀ころにイギリス西部で有名になった可能性は高い」と指摘します。
というのも、氏によると、同時代のイギリスやアイルランドの王族の間で「アーサー(Arthur)」という名前の使用が突然急増したことがわかっているのです。
これは、王族たちの名付けに影響を与えるほどの「アーサー」という理想の人物が何らかの形で存在していたことを暗示しています。
ところが問題は、アーサー王と同時代に存在したイギリス王族たちの墓が見つかっていないことです。
この謎を解明するべく、ダーク氏と研究チームは調査を開始しました。
王家の墓は「西が質素で、東が豪華」
イギリスは、5世紀初めまで古代ローマ帝国の支配下にありました。
ローマ帝国による支配は、クラウディウス帝の侵攻を受けた西暦43年から、帝国内の反乱やゲルマン民族の侵略を機に、ローマ軍が呼び戻された西暦410年頃まで続いています。
その後の5〜7世紀にかけては、ローマの置き土産たる「キリスト教」の伝統を継承しようとしたイギリス人が、おもに今日のイングランド南西部やウェールズを中心とした、イギリスの西側を統治しました。
同じころ、ヨーロッパ北部に起源を持つ異教徒の「アングロ・サクソン人」がイギリスの東側に侵入し、定住するようになります。
キリスト教とは無縁だった彼らの埋葬はとても豪華なもので、精巧かつ華麗な副葬品とともに埋葬されました。
この時代のアングロ・サクソンの支配者の墓は、少なくとも9人分は見つかっています。
一方で、西側にも多くのイギリス王が存在したことがわかっていますが、彼らの墓はほぼ見つかっていません。
最大の理由は、イギリス王の墓が石碑や副葬品のない質素なもので、しかも他のキリスト教徒の墓とならべて埋葬されたことです。
これについて、ダーク氏は「キリスト教の伝統を汲むイギリス王家が、豪華な埋葬を異教徒の習慣とみなしたため」と指摘します。
つまり、アーサー王時代の王家の墓は地味すぎて平民を判別できず、なかなか研究が進んでいないのです。
それでもイギリス王家の墓には「柵や溝で囲まれたり、土の塚で覆われたりと、わずかに普通民と異なる特徴がある」という。
ダーク氏は、その点も踏まえて、謎に包まれたイギリス王家の墓を探索しました。