注射器やピストンに閉じ込めた空気を押し潰していくと、はじめは簡単に圧縮できますが、押せば押すほどさらに力が必要になってきます。
しかし閉じ込めたのもが空気ではなく光子の場合は少し違うようです。
ドイツのボン大学(University of Bonn)で行われた研究によれば、小箱に光子を入れて力をかけて圧縮していくと、ある瞬間からほとんど抵抗がなくなっていく様子が実験的に確認された、とのこと。
しかし、いったいどうして光は途中から圧縮に必要な力が減るのでしょうか?
研究内容の詳細は2022年3月24日に『Science』にて掲載されました。
目次
光を圧縮していくと急に抵抗力がなくなる不思議現象を確認
注射器やピストンに入っている空気をギュッと圧縮した経験は多くの人にあると思います。
結果は「最初は簡単に押せるけど、途中からどんどん力が必要になっていく」と記憶されているはずです。
一方で水は力を加えてもほとんど体積が変化しません。
莫大な力をかければ僅かに圧縮されますが、身の回りの品々では水の圧縮を実感できることはないでしょう。
このように、空気や水といった物質には特性に応じた圧縮しやすさが存在しますが、総じて押せば押すほど圧縮しにくくなる傾向にあります。
では光はどうでしょうか?
これまで様々な物質を圧縮してきた人類ですが、光の圧縮に必要な力を、詳細に測定したケースはほとんど存在しませんでした。
光は通信や距離の測定に使うことがもっぱらであり「光の機械的な圧力」を求められることはめったになかったからです。
そこで今回、ボン大学の研究者たちは光を鏡張りの小箱に押し込め、外側から圧縮してみることにしました。
すると最初は予想通り、押せば押すほど光は抵抗が増えていきました。
光の単位である光子には質量がありませんが運動エネルギーはあるため、光が当てられた物体は押される力が働きます。
この光による押す力を利用して現在、光速の30%まで加速可能な光学帆船(ソーラーセイル)の計画が行われています。
一方で、この光が押す力は圧縮時には抵抗力として観測されます。
そのため研究者たちが小箱の中の光子を圧縮すると、空気やガスと同じように圧縮に応じた抵抗力を生じさせました。
また小箱に詰める光子の数を増やすと(密度を増やすと)、同じ圧縮幅を得るには、より大きな力が必要になっていきました。
この抵抗力の増加は主に、小箱の中で光子が壁から壁へ跳ね返る頻度に依存しています。
光子を小箱にたくさん入れると抵抗力が上がるのも、光子の数に応じて跳ね返る頻度が増加したからです。
しかしある段階を越えて力を加えていくと奇妙なことが起こり始めます。
圧縮に必要な力が急激に弱くなり、ほとんど力を加えなくても光は圧縮が可能になっていったのです。
圧縮された光に、いったい何が起きていたのでしょうか?
抵抗がなくなるのは存在確率が重なってしまうから
抵抗がなくなるのは存在確率が重なってしまうから / Credit:Canva . ナゾロジー編集部
圧縮された光に何が起きたのか?
答えは古典物理の世界ではなく、量子力学の世界にありました。
光の単位である光子には粒子としての性質だけでなく波としての性質があり、存在位置が点のように確固としたものではなく、あいまいになっています。
また光子は酸素分子やメタン分子とは異なり、近づき合っても電気的に「反発」することもありません。
そのため光子の密度がある段階を超えると、光子の存在確率が重なり合って、1つの光子「超光子」のように振る舞うことが可能になります。
また波として解釈した場合、重なりはじめた光子の波はどんどん不鮮明になって、最終的には区別ができなくなっていきました。
小箱の中の光子たちが途中から、ほとんど圧力をかけることなしに圧縮できたのも、複数の光子がまとまっていくという、分子や原子にはみられない現象が起きていたからです。
なお、圧縮にほとんど力がいならいボーナスタイムは、小箱の中の光子が完全に融合した状態(凝縮体)に達すると終了
します。
逆を言えば、ボーナスタイムのときにかかる微弱な力は、光子が個から全にまとまるために必要な力に依存しているのです。
研究者たちはこの光子の機械的な性質を用いることで、超高感度の測定装置を開発できると述べています。
通常の重さの測定にはバネや感圧装置が使われていますが、光子による圧力変化は人類が作成できるどのバネよりも正確に質量の測定が可能になるからです。
測量技術は演算技術と同じく人類の科学力の基礎となるものです。
光子による質量測定は砂糖などの生活用品の測定には向きませんが、将来の科学発展には必要不可欠なものになるでしょう。
提供元・ナゾロジー
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