猫好きなのに猫アレルギーという人にとって朗報となるかもしれません。

米国バージニア州にあるIndoor Biotechnologies社によって行われた研究によれば、猫細胞の遺伝子を後天的に書き換え、猫アレルギーの原因となる遺伝子を削除することに成功した、とのこと。

猫アレルギーは人類の10~15%にみられる症状であり、猫の唾液などから分泌される特定のタンパク質に触れると「くしゃみ」や「せき」などを引き起こします。

研究ではCRSPR遺伝編集技術によって猫細胞から原因遺伝子を大幅に削除することに成功しました。

研究が進めば、猫アレルギーの飼い主のために、ペットショップで猫の遺伝子を書き換える注射薬を簡単に打てるようになるかもしれません。

研究内容の詳細は2022年3月28日に『The CRISPR Journal』にて公開されました。

目次
猫の遺伝操作で「猫アレルギーの人でも猫を飼えるようになる」
安全性の検証には遺伝操作した子猫の成長を見守る必要がある

猫の遺伝操作で「猫アレルギーの人でも猫を飼えるようになる」

遺伝操作で「猫アレルギーの人でも飼える猫」が誕生しつつある!
(画像=猫を遺伝操作して猫アレルギーの原因物質を作れなくする / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

「猫好きなのに猫アレルギーのせいで猫を飼えない」

という人も世の中には多いでしょう。

猫アレルギーの人は、猫がいた空間に近づくだけで鼻や目の粘膜に炎症が起こり、くしゃみや鼻水、涙が止まらなくなってしまいます。

最大の原因は、猫の唾液などから分泌される特定の猫タンパク質(Feld1)です。

猫が毛づくろいなどを行うために自分をなめると、原因となる猫タンパク質(Feld1)が唾液に混じって毛に付着し、乾燥すると空気中に拡散されます。

花粉症の人が空気中の花粉でアレルギーを起こすのと同じく、猫アレルギーの人は空気中の猫タンパク質(Feld1)によってアレルギー症状が誘発されてしまうのです。

しかし原因が判明しても、猫が家にいる限り、猫アレルギーを防ぐことはできません。

花粉症ならば家を密閉することで原因となる花粉を除去することができますが、猫は基本的に自由に家の内部を歩き回ります。

花粉症でたとえるならば、家の中に動き回ってすり寄ってくる杉の木や菜の花がいるような状況であり、かなり絶望的と言えるでしょう。

これまでキャットフードを改良したり中和抗体の含まれたウェットタオルで猫の体を拭くなどさまざまな方法が考案されてきましたが、決定打からはほど遠くなっています。

そこで今回、Indoor Biotechnologies社の研究者たちは猫から猫アレルギーの原因となる遺伝子を猫から除去することにしました。

原因となる猫タンパク質(Feld1)は猫の遺伝子にある設計図をもとに作られるために、設計図そのものを猫から消去できれば原理的には、2度と生産されることはなくなります。

研究者たちはさっそく50匹の家猫から細胞を採取し、原因となる猫タンパク質の遺伝子をCRSPR(クリスパー)遺伝編集技術を用いて排除を試みました。

(※CRSPRを用いた遺伝編集では目的とする遺伝子を認識するガイド分子とガイド分子が認識した部位の遺伝子を切除する切断酵素が組み合わせられており、非常に簡単な操作で遺伝編集が実行可能です)

結果、全細胞の55%において原因遺伝子を排除できていたことが確認されました。

この技術を応用できれば、遺伝編集効果のある薬を猫の唾液腺などに注射して、原因となる猫タンパク質が猫の唾液から分泌されることを防ぎ、空気中への拡散も防ぐことが可能になります。

頼みもしないのに強制的に口の中に注射器を突っ込まれる猫にとっては迷惑な話ですが、この遺伝編集法には後天的……つまり猫が大人になってからも実行が可能であるという強みがあります。

また接種方法が改良され経口薬でも実行可能になれば「飲む遺伝編集薬」として猫アレルギーの原因遺伝子を簡単に排除できるようになるかもしれません。

しかしタンパク質の設計図となるような遺伝子(エクソン部分)を勝手に排除して、猫の健康に問題がないのでしょうか?

安全性の検証には遺伝操作した子猫の成長を見守る必要がある

遺伝操作で「猫アレルギーの人でも飼える猫」が誕生しつつある!
(画像=安全性の検証には遺伝操作した子猫の成長を見守る必要がある / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

タンパク質の設計図となる遺伝子を人間の都合で排除したとして、猫の健康に問題がないのか?

残念ながら現在のところ、この疑問に正確に答える術はありません。

ただ致命的な健康悪化にはつながらない可能性があります。

研究者たちが家猫に加えてライオンやトラ、クーガー、スナドリネコなど他の猫科の遺伝子を分析したところ、猫アレルギーの原因遺伝子は種間でも個体間でもかなり違いが大きいことが判明しました。

生物の遺伝子は酸素呼吸や視覚など生存に必須な遺伝子ほど変異が小さく、毛の色や瞳の色といった生存に必須ではない遺伝子では違いが大きくなる傾向があります。

猫アレルギーの原因遺伝子が種間・個体間での違いが大きいという事実は、猫にとってこの遺伝子の重要度が比較的低いことを示します。

つまり、なくなっても問題ない遺伝子の可能性があるのです。

しかし明確な結論を出すには、猫の命を使った動物実験が必要になります。

具体的には、猫の受精卵から猫アレルギーの原因遺伝子を排除し、うまれてきた子猫に医学的な問題が起こるかを確かめる必要があります。

その場合、検証規模は数匹にとどまらず、数十匹・数百匹が対象になる可能性があります。

マウスなどを使った動物実験ではありふれた手段であり、遺伝編集の影響を調べるために組織解剖・組織染色まで行われるのが一般的です。

倫理的な負担があるものの、健康被害がないと確認できた場合「猫アレルギーのせいで猫が飼えない」という人間の不満を1つ解消させることができるでしょう。


参考文献

Here CRISPR Kitty? Progress in Developing a Hypoallergenic Cat

CRISPR Could Finally Make the First Truly Allergy-Free Cat

元論文

Evolutionary Biology and Gene Editing of Cat Allergen, Fel d 1


提供元・ナゾロジー

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