日本でも遠隔地では人口減少にともない廃村となるような地域が増えてきています。
人が土地が放棄して離れ、その地域が自然に還ったとなると、そこでは動物や昆虫たちの生態系が豊かになるというイメージが湧くかもしれません。
ところが、そんな印象とは真逆の現象が確認されました。
東京大学、国立環境研究所らの共同グループは、このほど、日本各地の34の廃村と、それに近接する現居住集落の比較から、土地放棄がチョウに与える影響を調査。
その結果、土地放棄によって多くのチョウが減っており、とくに低い気温を好む草原性のチョウ類が減少していることが判明しました。
農山村から人がいなくなったことで、チョウも姿を消しているようです。
研究の詳細は、2022年3月23日付で科学雑誌『Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences』に掲載されています。
人が消えたことでチョウもいなくなっている?
現在、日本は人口減少の一途をたどっており、2050年には、現居住区の20%が無人化するといわれています。
人が減ればその分、自然にとっては良い環境が生まれると思ってしまいがちですが、実のところそうとは限りません。
人が減ることで各地の農山村の土地放棄も進み、人間が草刈りなどをすることで維持されてきた生態系が脅威にさらされているのです。
たとえば農山村はこれまで、7万〜1万年前の最終氷期に広がっていた草原性の生物(寒冷地に適応した生物)の逃避地となってきました。
しかし、土地放棄で人間の手が加わらなくなった場所では生態系が大きく変化しており、とりわけ、草原性のチョウ類はそのあおりを受けやすいと指摘されています。
里地里山のチョウを保全するには、土地放棄に対して、どの種のチョウが減少(ネガティブな影響)、あるいは増加(ポジティブな影響)するかを見きわめる必要があります。
人のいなくなった「廃村」のチョウを調査
そこで研究チームは、国内に点在する「廃村」に注目しました。
廃村の情報については、廃村巡りの愛好家によって収集された詳細なデータをもとにしています。
廃村とその周辺の居住集落のチョウの出現頻度を比較しながら、以下の2つのポイントを調べました。
・寒冷地に適応した種ほど、土地放棄による減少の度合いが大きいか
・種の生息地のタイプ(草原、農耕地、市街地、森林等)によって、土地放棄の影響の受けやすさが異なるか
本調査では、北海道〜九州における18地域を対象に、計34の廃村集落(離村後8~53年)と、それらに近接する30の居住集落を調べています。
その結果、確認された43種のチョウのうち、ポジティブな影響(増加)が検出されたのは、アオスジアゲハ、イシガケチョウ、イチモンジチョウのわずか3種でした。
これに対し、ネガティブな影響(減少)は、キアゲハ、ヒオドシチョウ、コヒオドシ、ツバメシジミなど13種にのぼりました。
また、種ごとの「土地放棄」と「年平均気温」の影響を比較したところ、明確な正の相関が見つかり、土地放棄によって減少する種には、寒冷地に適応した種が多いことがわかっています。
加えて、廃村内の生息地タイプ別に比較すると、草原、農地、市街地を好む種ほど、土地放棄のネガティブな影響を受けやすくなっていました。
一方で、森林を好む種では、ネガティブな影響が低いことが示されています。
まとめ
これまでの研究で、寒冷地に適応したチョウは温暖化に対して脆弱であることがわかっています。
さらに、今回の研究から、人口減少にともなう土地放棄の増加が、追い打ちをかけるように草原性のチョウ類を減らすと危惧されます。
人が農山村の手入れをしていたからこそ、平和に暮らせるチョウもたくさんいるのです。
今後、チョウ類の多様性を守るためにも、農山村の景観の維持に取り組む必要があるでしょう。
参考文献
ヒトと共に去ったチョウたち ~「廃村」から見た人口減少時代の生物多様性変化~
元論文
Positive and negative effects of land abandonment on butterfly communities revealed by a hierarchical sampling design across climatic regions
提供元・ナゾロジー
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