スピノサウルスは、約1億50万〜9390万年前の白亜紀半ばに、今日のアフリカ大陸に生息していました。

全長10〜18メートル、体重6〜9トンと推定される、史上最大級の肉食恐竜です。

一方で、その狩りの仕方は、何十年もの間、終わりのない議論の的となっています。

一番の争点は、彼らが「水中を泳げたかどうか」です。

これまでの調査は、スピノサウルスの断片的な化石をもとにした”解剖学的アプローチ”がメインとなっています。

しかし、骨格だけをヒントに、絶滅した恐竜の行動を明らかにするのは至難のワザでした。

そこでフィールド自然史博物館(Field Museum・米)らの研究チームは、「骨の密度」という別のアプローチから調査を開始。

その結果、スピノサウルスは、現存する水生動物と同じくらい骨密度が高く、潜水も難なくこなせたことが判明しました。

やはり、スピノサウルスは”水中のハンター”だったかも…?

研究の詳細は、2022年3月23日付で科学雑誌『Nature』に掲載されています。

目次
「水辺で過ごしていた説」vs「水中を泳げた説」、どちらが正しい?
スピノサウルスは「水中を自在に泳げた」と判明

「水辺で過ごしていた説」vs「水中を泳げた説」、どちらが正しい?

「スピノサウルスは水中を泳げた」ことが判明! 決め手は骨の密度
(画像=生命はすべて海から生まれた / Credit: canva、『ナゾロジー』より引用)

すべての生命はもともと海で誕生し、次いで陸に進出しました。

しかし、陸に上がった脊椎動物の中には、再び水中生活に戻るか、半分ほど適応したグループがたくさんいます。

たとえば、クジラやアザラシは完全に水中暮らしに戻りましたし、カバやカワウソ、ビーバーなどは半水生です。

鳥類ではペンギンや鵜(ウ)、爬虫類ではワニ、ウミイグアナ、ウミヘビなどがあげられます。

その中にあって、非鳥類型恐竜(鳥類に分岐しなかった恐竜)だけが、長い間、水棲動物を持たないグループとされていました。

「スピノサウルスは水中を泳げた」ことが判明! 決め手は骨の密度
(画像=2020年時点のスピノサウルスの生体復元画 / Credit: ja.wikipedia、『ナゾロジー』より引用)

ところが、2014年に見つかった新種のスピノサウルスの骨格により、この考えが一変します。

その標本は、鼻孔が引っ込んでいて、後ろ足が短く、パドルのような足とヒレのような尾を持っていました。

これらはすべて、「水中生活に適応した生物」の特徴です。

それ以前にも専門家は、ワニのような細長い口先と、お腹の中に見つかった魚の骨から、スピノサウルスが水辺で暮らしていたことを知っていました。

しかしその時点では、水辺にたむろしていたか、せいぜい浅瀬に入っていただけと考えられていたのです。

これ以降、専門家の意見は、スピノサウルスが「水辺で過ごしていた説」と「水中を泳げた説」とで二分されてしまいます。

一体、どちらの説が正しいのか。

今回、研究チームがとったアプローチと、その結果を次に見ていきましょう。

スピノサウルスは「水中を自在に泳げた」と判明

「スピノサウルスは水中を泳げた」ことが判明! 決め手は骨の密度
(画像=スピノサウルスは水中を自在に泳げたか / Credit: Davide Bonadonna | Scientific Illustrator、『ナゾロジー』より引用)

「スピノサウルスの化石記録は厄介で、ほんの一握りしか見つかっておらず、完全な骨格は存在しません」

こう語るのは、フィールド自然史博物館の古生物学者で、本研究主任のマッテオ・ファブリ(Matteo Fabbri)氏です。

「ほかの研究は、おもに解剖学に焦点を当てていますが、同じ骨格について正反対の解釈がいくつもあるため、これはスピノサウルスの生態を予測するアプローチとして、最良ではないと考えました」

こうした視点でいつまでもスピノサウルスの生態について議論を続けても結論はでず、埒が明きません。

そこで、ファブリ氏は新しい別の視点からこの問題を分析することにしたのです。それが「骨の密度」でした。

「地球上のどんな生物にも適用できる法則があります。それは、骨密度と潜水能力についての物理法則です」

密につまった骨は、水中での浮力コントロールに役立ち、巧みな潜水を可能にします。

実際、水に適応した哺乳類は骨密度が高く、スピノサウルスにおいても、水生であったかどうかを知る重要な判断材料になると考えられました。

「スピノサウルスは水中を泳げた」ことが判明! 決め手は骨の密度
(画像=魚をくわえるバリオニクスの復元イメージ / Credit: ja.wikipedia、『ナゾロジー』より引用)

そこでチームは、陸生と水生の絶滅生物250種と、現存する生物のろっ骨および大腿骨の断面図を集め、データセットを作成。

これらをスピノサウルスと、その近縁種であるバリオニクスおよびスコミムスの骨の断面図と比較しました。

対象とした生物は幅広く、マウスやハチドリ、ゾウ、アザラシ、クジラから、モササウルスやプレシオサウルスなどの絶滅した海洋爬虫類まで含んでいます。

「スピノサウルスは水中を泳げた」ことが判明! 決め手は骨の密度
(画像=対象とした生物の骨の断面図 / Credit: Matteo Fabbri et al., Nature(2022)、『ナゾロジー』より引用)

その結果、骨密度と水中適応の間にはっきりとした関連性が認められました。

水中に適応した生物の骨は密につまっているのに対し、陸上生物の骨は、中心がドーナツのように空洞になっていたのです。

つまり、完全に潜水できる生物はすべて、高密度の骨を持っていると言えます。

これを恐竜に当てはめてみると、スピノサウルスとバリオニクスはともに、潜水が可能なレベルの骨密度を有していました。

一方で、近縁種のスコミムスは骨がスカスカで、とても泳げたものではなかったようです。

興味深いことに、地上をのし歩いた巨大な首長恐竜も骨密度が高かったのですが、これは水中適応のためでなく、自らの体重を支えるためと考えられています。

まとめ

「スピノサウルスは水中を泳げた」ことが判明! 決め手は骨の密度
(画像=バリオニクスが水中で魚を捕食する様子 / Credit: Davide Bonadonna | Scientific Illustrator、『ナゾロジー』より引用)

骨密度という新たなアプローチから、スピノサウルスやバリオニクスは水中を自在に泳ぎ、魚を食べていたことが示されました。

ファブリ氏は、こう述べています。

「この研究の良いニュースは、恐竜の生態を知るためには『解剖学的構造をたんねんに調べる』というステレオタイプの調査法から脱却できることです。

たとえ、新種の恐竜の骨が数本しかなくても、骨密度を計算するデータセットさえあれば、少なくとも水生か陸生かは推定できるでしょう」

本研究の成果を受け、映画におけるスピノサウルスの描き方も大きく変わるかもしれません。


参考文献

Dense bones allowed Spinosaurus to hunt underwater, study shows

Spinosaurus bones hint that the spiny dinosaurs enjoyed water sports

元論文

Subaqueous foraging among carnivorous dinosaurs


提供元・ナゾロジー

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