1920年代に、伊シチリア島で発見された約2500年前の人工の貯水池。

これまで、軍事や貿易のための内港と考えられていましたが今回、ローマ・ラ・サピエンツァ大学(Sapienza University of Rome)の研究により、天空を映し出す「聖なるプール」だったと発表されました。

研究主任のロレンツォ・ニグロ(Lorenzo Nigro)氏によると、プールは特定の星座に合わせて、夜空の星を映し出すように設計されているという。

「全盛期には、神を祀る祭壇が設けられた巨大な聖域の中心だったでしょう」と話します。

ここでは「聖なるプール」が作られた背景や、内港という現代解釈が180度転換した経緯について、ひも解いていきましょう。

研究の詳細は、2022年3月17日付で学術誌『Antiquity』に掲載されています。

目次
「フェニキア人」によって作られた人工プール
天空を映し出す「水鏡」だった

「フェニキア人」によって作られた人工プール

紀元前シチリア島の都市には「天空の星座を映す聖なる水鏡」のプールがあった
(画像=シチリア島西部にあった「モティア」の位置 / Credit: Lorenzo Nigro et al., Antiquity(2022)、『ナゾロジー』より引用)

この人工プールは、かつてシチリア島の西海岸にあった古代都市・モティア(Motya)にて建設されました。

モティアは、広さ40万平方メートル弱(東京ドーム8.5個分)の都市としては小さな場所です。

初期の定住民は、目の前の海で採れる豊富な魚や塩、また真水の供給やラグーン内の保護された立地条件により大いに繁栄しました。

BC8世紀に入ると、地中海東岸の民・フェニキア人がやってきて、地元民と共生し、文化や技術を持ち込みます。

そのおかげか、モティアはわずか100年の間に、地中海の西方へ広がる交易ネットワークを持つ港町にまで成長したのです。

紀元前シチリア島の都市には「天空の星座を映す聖なる水鏡」のプールがあった
(画像=モティアのマップ(一番下の緑の部分が人工プールのあるエリア) / Credit: Lorenzo Nigro et al., Antiquity(2022)、『ナゾロジー』より引用)

しかしそのせいで、北アフリカ沿岸に栄えた強国・カルタゴに目をつけられるようになりました。

BC550年ころ、カルタゴ軍はモティアに攻撃をしかけ、壊滅的なダメージを与えます。

それでもモティアの民は立ち直り、すぐに都市を再建しました。

その中で、1920年代に見つかった「人工のプール」も作られたのです。

人工プールは、カルタゴの軍港として機能していた人工港「コソン(Kothon)」に似ていたため、これもその一つと考えられました。

また、1970年代には、船を修理するための場所だったという解釈が追加されます。

ところが、研究主任のニグロ氏は、60年にわたるモティアでの調査から、まったく別の解釈を唱えました。

それは、「軍港ではなく、神を祀る聖なるプールだった」という説です。

その解釈に至った根拠を次に見ていきましょう。

天空を映し出す「水鏡」だった

紀元前シチリア島の都市には「天空の星座を映す聖なる水鏡」のプールがあった
(画像=プールを隔てる南側の壁 / Credit: Lorenzo Nigro et al., Antiquity(2022)、『ナゾロジー』より引用)

研究チームは、2002年から2020年にかけて、人工プール(52.5×37メートル)の詳細な調査を行いました。

まず注目すべきは、プールの端にギリシャ神話のポセイドンに近いとされる神・バアル(Ba’al)の神殿が見つかったことです。

ニグロ氏は「もしプールが軍港であれば、神殿ではなく、軍備や港に必要な施設を置くはずだ」と指摘します。

さらに、プールに貯まっていた水を抜いたところ、盆地は海には繋がっておらず、なんと淡水が湧き出ていることが判明しました。

他にも、複数の祭壇、「ステラ」と呼ばれる彫刻の施された石版、奉納品(宗教的な目的のために人々が置いていったもの)、プールの中央にかつてバアル神の立像があったと見られる台座などが、次々と見つかります。

紀元前シチリア島の都市には「天空の星座を映す聖なる水鏡」のプールがあった
(画像=「バアル神の右足」が残っていると見られる台座 / Credit: Lorenzo Nigro et al., Antiquity(2022)、『ナゾロジー』より引用)
紀元前シチリア島の都市には「天空の星座を映す聖なる水鏡」のプールがあった
(画像=復元イメージではこんな感じ / Credit: Lorenzo Nigro et al., Antiquity(2022)、『ナゾロジー』より引用)

ニグロ氏は、「決定的だったのは、2つの手がかりが見つかったこと」だったと話します。

1つは、海の方向に向かってプールを塞ぐ頑丈な壁の発見。

もう1つは、プールが海水でなく、地下帯水層から真水を集めていたことです。

これらの証拠から、人工プールは神へ捧ぐ目的、あるいは地中海を旅する際の真水をためる目的があったと見られます。

夜空に浮かぶ「星座」に合わせた設計

さらにチームは、このプールが「特定の星座を映し出すように設計された証拠」を発見しました。

まずプールは、ぎょしゃ座で最も明るい1等星の「カペラ(Capella)」が、秋分の日に北に昇る様子を映し出すのに適した配置にあります。

それから、プールの南側にあるステラ(石版)は、夜空で最も明るい星である「シリウス(おおいぬ座α星)」が、秋分の日に南から昇ってくる位置を指し示していました。

また、バアル神と同一視される「オリオン座」(ギリシア神話のオリオンはポセイドンの子とされる)は、冬至に東南東に昇り、モティアの神殿はまさにこの方角を向いていたのです。

以上のことから、ニグロ氏は「人工プールを含む聖域は、夜空の星座の動きに合わせた一種の”天球儀”だった可能性が高い」と結論します。

紀元前シチリア島の都市には「天空の星座を映す聖なる水鏡」のプールがあった
(画像=オリオン座 / Credit: canva、『ナゾロジー』より引用)

サッサリ大学(University of Sassari・伊)の考古学者で、研究には参加していないミケーレ・ギルギス(Michele Guirguis)氏は、こう述べています。

「これらの証拠は、盆地が船のための内港ではなく、神聖な池であるという新しい解釈を支持しています。

もし、ニグロ氏にプールの水を抜く勇気がなかったら、モティアの民が守ってきた真水の水脈が見つかることもなかったでしょう。

個人的には、氏の提案した解釈に全面的に同意します」

聖なるプールは現在、再び淡水が張りなおされ、中央の台座にはバアル神のレプリカ像を設置しています。

紀元前シチリア島の都市には「天空の星座を映す聖なる水鏡」のプールがあった
(画像=水を張りなおし、中央にバアル神のレプリカを設置 / Credit: Lorenzo Nigro et al., Antiquity(2022)、『ナゾロジー』より引用)

ありし日の聖なるプールは、このような姿だったのかもしれません。


参考文献

Ancient sacred pool lined with temples and altars discovered on Sicilian island

元論文

The sacred pool of Ba’al: a reinterpretation of the ‘Kothon’ at Motya


提供元・ナゾロジー

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