外国為替市場では、「リスクオフ(回避)の円高」という言葉がある。これは、地政学リスクの顕在化などで、金融市場が世界的に動揺すると、円は対主要通貨で上昇する傾向があることを指す。今般、ロシアのウクライナ侵攻により、主要株価指数が大きく下落するなど、金融市場でリスクオフの動きが強まっている。そこで、実際にリスクオフの円高が発生したか、検証してみたい。

検証手法としては、ロシアがウクライナへの軍事侵攻を開始した前日の2月23日から3月11日までの期間における、主要31通貨の対円騰落率を計算する。大半の通貨が対円で下落していれば、リスクオフの円高が発生したと判断できる。しかし、主要31通貨のうち対円で下落したのは12通貨のみで、残りの19通貨は対円で上昇した(図表)。これを見る限り、リスクオフの円高が発生したとは言い難い。

地政学リスクの顕在化で金融市場が世界的に動揺しているにもかかわらず、なぜ今回はリスクオフの円買いが観察されないのだろうか。対円で下落した12通貨を詳しく見ると、最も大きく下落したのはロシアルーブルで、そのほかは欧州通貨の下げが目立つ。これは、地理的にウクライナやロシアに近い国や地域の通貨が敬遠されていることによるものと解釈できる。

一方、対円で上昇した19通貨は、主にアジア通貨、中南米通貨、資源国通貨である。アジア通貨や中南米通貨が選好されたのは、これらの地域がウクライナやロシアから地理的に離れていることが大きいためとみられる。また、資源国通貨が選好されたのは、西側諸国によるロシアへの経済制裁で、ロシアからの天然資源の供給が減少し、資源価格が上昇するとの思惑が強まったためと推測される。

つまり、今回の地政学リスクは、欧州諸国と経済的な結び付きの強い資源大国・ロシアが直接関与していることから、地理的な観点や資源需給の観点から通貨の選別が進んだ。そのため、単純なリスクオフの円高という流れには至らなかったと考えられる。そのほか、日本の経常収支が、原油高による貿易赤字を主因に、2021年12月、22年1月と2カ月連続で赤字になるなど、円売り需要が増加しつつある点にも注意が必要だ。

今後のドル円レートの方向性はどうなるか。米国では今年、金融政策の正常化が一段と進む一方、日本では当面、金融緩和が維持される見通しである。この金融政策の方向性の違いと、前述の日本の収支構造変化を踏まえると、ドル円はこの先、115~120円のレンジに入り、緩やかなドル高・円安が進む公算が大きいと考える。

「リスクオフの円高」が生じない理由
(画像=『きんざいOnline』より引用)

文・三井住友DSアセットマネジメント チーフマーケットストラテジスト/市川 雅浩
提供元・きんざいOnline

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