世界最長のマウスの人工進化実験からの報告です。

ドイツの家畜生物学研究所(FBN)で行われている長期研究からの報告によれば、140世代を超えるマウスの人為的な淘汰(人工進化)によってうまれた極端な体の特徴を持つ系統の遺伝分析が行われた、とのこと。

50年以上にわたる人工進化によって、超巨大化、超筋肉質化、超多産化、および超スタミナ化したマウス系統が誕生しており、今回の研究では原因遺伝子の特定と研究誌の要約が行われています。

人工的な進化はマウスの体と遺伝子に、いったいどんな変化を与えたのでしょうか?

研究内容の詳細は2022年2月21日に『BMC Biology』にて公開されています。

目次
140世代かけて「マウスを魔改造」した長期研究(現在も進行中)
さらなる巨大化と多産化を目指して計画が進行中

140世代かけて「マウスを魔改造」した長期研究(現在も進行中)

人類は古くから農作物や家畜の交配を制御する人工的な進化を「品種改良」の名のもとで行ってきました。

同じ特徴を持つ個体を人為的に交配することで、人間にとって好ましい性質をもつ動植物を増やすことが可能になります。

しかし現存する改良品種の多くは人間にとっての有用性という曖昧な基準によって創造されたものであり、研究対象として一貫性に欠けていました。

そのためドイツの家畜生物学研究所では1969年から現代にいたるまで140世代(50年)にわたりマウスの人工進化を観察する長期研究を行ったのです。

その結果、いくつか興味深い体の変化が確認され、現在にいたるまで系統の維持が行われています。

通常の3倍の体重を持つ超巨大マウス

140世代かけて「マウスを魔改造」 人工進化の長期研究が成果を報告!
(画像=ただの肥満ではなく骨格も大きくなっている / Credit:Sergio E. Palma-Vera et al . Genomic characterization of the world’s longest selection experiment in mouse reveals the complexity of polygenic traits (2022). BMC Biology、『ナゾロジー』より 引用)

巨大化では単なる脂肪量の増加だけでなく骨格も大きくなっています。

また遺伝子を調べたところ、エネルギー代謝と食欲の調節にかかわる遺伝子に共通の変異が起きており、骨の形成にかかわる遺伝子では重複が起きていることが判明しました。

エネルギー効率の変化と旺盛な食欲に対応して骨を作る遺伝子が一部倍化されたことで、巨大化を可能にしていたと考えられます。

通常の3倍のタンパク質量を持つ超筋肉質マウス(体も巨大)

140世代かけて「マウスを魔改造」 人工進化の長期研究が成果を報告!
(画像=筋肉質になると同時に巨大化している / Credit:Sergio E. Palma-Vera et al . Genomic characterization of the world’s longest selection experiment in mouse reveals the complexity of polygenic traits (2022). BMC Biology、『ナゾロジー』より 引用)

こちらは巨大化すると同時に筋肉量も増加しています。

遺伝子を調べるとヒトやウシ、ブタなどで体のサイズを調節している共通遺伝子と、脂肪と筋肉のバランスに関する遺伝子に共通の変化が起きており、四肢の発生にかかわる遺伝子では一部で重複が起きていました。

ヒトやマウスなどの動物には体のサイズや脂肪と筋肉の比率を適正に保つための遺伝子が存在しますが、超筋肉質化マウスではそれらの調節スイッチに変調が起きていたようです。

通常の2倍にあたる20匹以上の子供を産む超多産マウス(2系統)

140世代かけて「マウスを魔改造」 人工進化の長期研究が成果を報告!
(画像=20匹の子供を産む能力があっても育てる能力はかわらないようです / Credit:Sergio E. Palma-Vera et al . Genomic characterization of the world’s longest selection experiment in mouse reveals the complexity of polygenic traits (2022). BMC Biology、『ナゾロジー』より 引用)

超多産化した系統では卵胞の成熟に必要な遺伝子や人間の男性の不妊にかかわる遺伝子に変異が起きていました。

このことは超多産化は母体に起きる変化だけでなく、精子を提供するオス側の変化も起こしていたことを示します。

また興味深いことに超多産化した2系統では、異なる遺伝子セットに変化が起きており、多産化が複数の経路によって起きていることが示されています。

通常の3倍の距離を走れる超スタミナマウス

140世代かけて「マウスを魔改造」 人工進化の長期研究が成果を報告!
(画像=異常なスタミナはエネルギー節約ではなく燃焼効率の増加で達成されました / Credit:Sergio E. Palma-Vera et al . Genomic characterization of the world’s longest selection experiment in mouse reveals the complexity of polygenic traits (2022). BMC Biology、『ナゾロジー』より 引用)

超スタミナ化したマウスの細胞を調べると、エネルギー生産所であるミトコンドリアの数が増加し、脂肪を燃やす速度が増加していることが判明しました。

また脂肪燃焼にともなう老廃物の除去に必要な遺伝子や脂肪を燃やす褐色脂肪細胞の数にかかわる遺伝子が変化していることが判明します。

さらに運動誘発性の心肥大にかかわる遺伝子において2800塩基対で変異(逆位)が起きていることが発見されました。

通常の3倍に及ぶ距離を走るスタミナは、エネルギー源である脂肪の燃焼を効率的に行う変化と同時に、運動による悪影響を打ち消す変異がかさなって得られたもののようです。

実験室で飼育されているマウスは十分な食事を得られるため、エネルギーを節約することで得られるスタミナではなく、効率よく消費する能力が重要になったと考えられます。

これら特殊なマウスは超巨大マウス(脂肪型)を除いて、健康や寿命に悪影響がなく、極端な身体的特徴を安定して発達させることが可能になっています。

さらに特殊な体をもったマウスたちの遺伝子全体を評価したところ、通常のマウスでは多様性の一環として変動していた遺伝子群が、特定のパターンに固定されていることが判明しました。

このことは、マウスたちにおきた遺伝子変異が重複・逆位・欠失といった単独のイベントの結果に加えて、通常は個性として考えられていた複数の遺伝子の偏り(パラメーター変化)も同時にかかわっていることを示します。

つまり、ちょっとした変異の固定化と積み重ねが、大きな体の変化へとつながっていたのです。

さらなる巨大化と多産化を目指して計画が進行中

140世代かけて「マウスを魔改造」 人工進化の長期研究が成果を報告!
(画像=さらなる巨大化と多産化を目指してた計画が進行中 / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より 引用)

今回の研究により、長期に渡る人工進化がどのような遺伝子によって引き起こされていたかが示されました。

140世代以上(50年以上)にわたるマウスの長期選抜は世界最長の研究です。

研究が行われたドイツの家畜生物学研究所では現在もこれらの系統が維持されており、超巨大化と超多産化の系統に対しては選抜作業が続行されており、さらなる巨大化と多産化が進められている、とのこと。

現状においても巨大化は既にマウスの健康や寿命を害するものとなっており、多産化においても母マウスの世話能力の限界を超えるもの(20匹以上)になっています。

そのためこれ以上の人工進化では、マウスは自然に生活することが困難になり研究者によるサポートが必要になるでしょう。

しかし巨大化(肥満化)と多産化の仕組みを解き明かすことができれば、将来的には抗肥満薬(やせ薬)や不妊治療の開発に役立つ可能性があります。


元論文
Genomic characterization of the world’s longest selection experiment in mouse reveals the complexity of polygenic traits


提供元・ナゾロジー

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