猫の不治の病で伝染性腹膜炎(FIP)という病気があります。ここ数年世間を騒がせているCovid-19と同じコロナウィルスにより引き起こされます。1歳前後の比較的若い猫の発病が多く、その死亡率はほぼ100%。長年、不治の病と恐れられていたこの病が、Covid-19 の治療薬の研究が進んできたこの数年で転機を迎えました。
2018年、ある薬剤がFIPに対する特効薬となることが研究で示されました。GS-441524というコードネームが付けられたこの薬物による研究は、FIPに罹患した猫の人生を一変させることになります。
しかし、もともと、人間の他の疾患の治療を目的に開発されたもので、猫のために正式に薬事認可されることはありませんでした。さらに様々な事情で人間の薬としても薬事申請されず、その結果、その技術は中国に流れ、FIPの猫を治療したいという熱狂的な飼い主の支持を得て、高額なコピー品として世界中に広まることになります。
猫1頭を治療するために、飼い主は中国のコピー品による治療に、日本円で100〜200万円、場合によってはそれ以上の治療費をかけます。
このFIPが不治の病ではなく、治療・寛解できる病気だという情報は、日本の飼い主の間にも広まりました。救われる猫は多数いる一方で、治療費が工面できずに治療できない猫、さらには、中国製の粗悪品を掴まされて薬害に会う多数の猫が発生しました。飼い主はなるべく安価な薬を求めますので、それに付け込み粗悪品を販売する業者もでてきたというわけです。
治療費を工面するために、クラウドファンディングを利用し、募金活動をする飼い主も多数でてきました。飼い猫の治療費にクラウドファンディングを利用することに関しては、様々な意見が飛び交い社会問題となっています。また、コピー品であるが故に治療を躊躇する獣医師も多数存在し、FIP治療の事情は複雑化しています。
全ては、特効薬とされるGS-441524が、薬として申請されなかったということが原因で起こった混乱です。しかし、同じコロナウィルスである人間のCovoid-19の研究が急速に進むにつれて、事情は変わってきました。
世界中の獣医師が、Covid-19の研究を同じコロナウィルスであるFIPの猫の治療に役立てないかと考え始めました。その中でも注目されているのが、メルク社で開発されたモルヌピラビルという薬です。この薬は各国でCovid-19治療のために緊急認可されつつあり、日本においても2021年12月に特例認可されました。
私も含む、年間100頭以上FIPの治療経験を持つ獣医師が、今年に入り、FIPの猫の飼い主様の協力を受けて治験を開始しました。治験初期では、使用用量や副反応など様々な課題がありましたが、治験開始2ヶ月以上経過した現在ではその課題を一つ一つ克服し、9割のFIPの猫の治療に成功しています。
このモルヌピラビルは猫に認可された薬ではないというところは、中国より流通したGS-441524と同じですが、人間の医薬品として薬事申請、そして認可されているというところが全く異なります。つまり、薬として正規品が存在しているので、どこで製造されたかも解らないような、コピー品や粗悪品を猫に使用する必要はありません。中国で作られた高額なコピー品とちがい、人間のために認可された薬が、比較的安価に提供されています。獣医師は自身の責任で、この薬をFIPの猫に処方することができます。
この先モルヌピラビルだけではなく、Covid-19で研究された多くの薬がFIPの治療に応用されることでしょう。
Covid-19の研究の恩恵を受けることで、クラウドファンディング、中国からのコピー品、ボッタクリ粗悪品、悪徳業者、様々な事情で治療に消極的な獣医師・・・・そんな悩みを一掃して、FIPの猫さんが、当たり前のように生きることができるようになる日が近いと、私は確信しています。
佐瀬 興洋
ユーミーどうぶつ病院院長。獣医師。千葉県佐倉市出身。麻布大学獣医学部を卒業、獣医師免許を取得。地元千葉県佐倉市でユーミーどうぶつ病院を開院し、現在ではFIP治療に情熱を注ぐ。
文・一般投稿/提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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