1分1秒を争う外科手術では、患者の出血を即座に止めることが肝心です。
しかし既存の止血剤では止血に長い時間を要するため、もっと迅速な止血手段が求められていました。
そこで、東京大学医学部附属病院 血管外科の大片 慎也(おおかた・しんや)氏ら研究チームは、体液に触れると瞬時に固化する合成ヒドロゲルを開発しました。
大量出血でも速やかに止血できるため、患者・医師双方の負担を軽減できます。
研究の詳細は、2022年3月3日付の科学雑誌『Annals of Vascular Surgery』に掲載されました。
リスクを抑えて速やかに止血する方法
人や動物には、もともと出血を止める機能が備わっています。
これは血液凝固反応と呼ばれており、体外や血管外に出た血液が固まることで止血に至る現象です。
そのため、ちょっとした切り傷や鼻血などの「軽度の出血」であれば、自然と止血されます。
しかし太い静脈や動脈からの出血は、医師による圧迫や血管の縫合、また止血剤が必要となります。
しかも既存の止血剤にはいくつかの課題が残っています。
大量出血の場合は、止血剤を用いたとしても瞬時に止血できないのです。
さらに既存の止血剤には、ヒト血液成分が使用されているため、未知のウイルスによる感染症伝播のリスクも拭いきれません。
では、感染症リスクがなく、瞬時に止血できる方法はあるのでしょうか?
大片氏ら研究チームは、特殊なヒドロゲル(水を含むゲルの一種でハイドロゲルとも呼ばれる)を合成して、新たな止血剤を作り出しました。
血液に触れると瞬時に固化するヒドロゲル
開発された合成ヒドロゲルは、はじめは液体ですが、血液などの体液に触れると瞬時に固化します。
これは、この合成ヒドロゲルが中性において速やかに固体化する性質をもっているからです。
そして体液にはpHを一定に保つ働きがあります。
そのため、弱酸性の合成ヒドロゲルは体液に押し付けられることで瞬時に中和されます。
体液を巻き込んで固化するのです。
この作用は血液でも同様に起こるため、周囲の血液ごと固化して止血してくれる、というわけです。
実際、抗凝固薬(血液凝固反応を抑え、血液をサラサラにする薬)を与えたラットにおける実験でも、瞬時に止血できました。
また、既存の止血方法(止血剤+圧迫止血)と比べても、合成ヒドロゲルの方が早く止血でき、炎症反応も軽度に収まると判明しました。
さて、今回開発された合成ヒドロゲルのメリットは、人間や動物がもつ血液凝固反応とは独立している点にあります。
そのため、抗凝固薬を利用している患者でも速やかに止血できる可能性があるのです。
また、合成材料であるため、未知のウイルスが混入する恐れもありません。
さらに体液全般に反応するため、髄液などの漏出防止材としても活躍するでしょう。
あらゆる体液の漏れを瞬時に止める合成ヒドロゲル。実用化が大いに待たれますね。
参考文献
体液に触れると瞬時に固化する合成ハイドロゲルで速やかな止血を実現
元論文
Hemostatic capability of a novel tetra-polyethylene glycol hydrogel
提供元・ナゾロジー
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