父親を必要としないマウスの単為生殖に成功しました。

中国の上海交通大学(SJTU)で行われた研究によれば、マウスにおいて精子を使わず「1個の卵母細胞」から子マウスを誕生させる「単為生殖」に成功した、とのこと。

哺乳類の単為生殖が実用化されれば、畜産業において品質の安定や管理コストの低減など、多くの利点が期待できます。

研究内容の詳細は2022年3月7日に『PNAS』にて掲載されました。

目次
単一の未受精卵だけで子マウスを作ることに成功! 哺乳類の単為生殖
227個中大人になれたのは1個のみ

単一の未受精卵だけで子マウスを作ることに成功! 哺乳類の単為生殖

父親は不要!? 単一の未受精卵だけで子マウスを作ることに成功!
(画像=未受精卵を受精したと勘違いさせることで単為生殖が実現しました / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)
父親は不要!? 単一の未受精卵だけで子マウスを作ることに成功!
(画像=減数分裂前の卵母細胞は体の細胞と同じく2セットのゲノムを持っています。そのうちの1つのメチル化パターンを精子そっくりにすると、未受精卵は受精したと勘違いを起こすようです / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)
父親は不要!? 単一の未受精卵だけで子マウスを作ることに成功!
(画像=勘違いを起こした未受精卵は細胞分裂をはじめ、子宮に入れると本当に子マウスがうまれてきました / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)
父親は不要!? 単一の未受精卵だけで子マウスを作ることに成功!
(画像=哺乳類にも単為生殖能力が備わっていますが、DNA状に存在するメチル化タグによってエピジェネティックに抑制されているようです / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

メスのみで子孫を残す単為生殖は、アリやハチなどの昆虫、また魚類、両生類、ハ虫類、そして一部の鳥類(七面鳥)など広範な動物で確認されています。

単為生殖では精子のようなふるまいをする未熟な卵子が別の卵子に融合する「卵子による卵子の受精」が起こり、メス単独で子孫を残すことが可能になります。

一方自然界では、哺乳類の単為生殖は確認されていません。

哺乳類で単為生殖が起きない最大の原因として考えられているのが、いくつかの遺伝子につけられた「父親産優先」「母親産優先」のタグ(ゲノムインプリンティング)だとされています。

私たちの遺伝子は父親産のセットと母親産のセットの2つを備えていますが、この「優先」タグのついた遺伝子では父親(精子)あるいは母親(卵子)によって供給された遺伝子しか働かないのです。

そのため単に卵子を2つ融合させて強引に2セットを調達しても、父親産優先のタグがついた遺伝子が卵子内部で働いてくれることはなく、赤ちゃんまで成長することができません。

(※たとえば父親産優先のラベルが細胞分裂に必須な遺伝子(卵子の)についていた場合、卵子を融合して2セットの遺伝子を用意しても、細胞分裂がはじまってくれません)

この問題を解決するには基本的に、卵子の遺伝子に付着している父親産優先のラベルをどうにかして編集する必要があります。

そうすれば、卵子の遺伝子は全て「優先」タグに遠慮することなく、全力で機能させることが可能になります。

またラベルのパターンを操作すれば、一方のゲノムセットを、あたかも精子産であるかのように装うことが可能になり(卵子のゲノムなのにタグのパターンのみ精子にする)卵子を騙して「受精した」と勘違いさせることができるようになります。

そこで今回、上海交通大学の研究者たちは遺伝子編集ツールである「CRISPR」技術を応用し、遺伝配列そのものを維持したまま、卵母細胞の中の7つの「優先」ラベルのオンまたはオフを操作し、卵子の遺伝子の解放と受精の捏造を行うことにしました。

(※減数分裂前の卵母細胞は体の細胞と同じく2セットの遺伝子を持っています)

すると非常に興味深い現象が起こります。

優先ラベルの編集を受けた未受精卵は2セットあるゲノムの一方を精子のものであると見なすようになり「受精した」と勘違いを起こして、細胞分裂を開始したのです。

研究者たちはこのタイミングを見計らって「勘違い未受精卵」をマウスの子宮に入れてみました。

すると「勘違い未受精卵」の何割かはスクスクと成長していき、最終的には子マウスになり、少なくとも1匹は大人のメスマウスに成長していきました。

この結果は、哺乳類であるマウスにおいて単一の卵母細胞をもとにした単為生殖が実現したことを意味します。

どうやら哺乳類にも単為生殖の能力が残っているものの、いくつかの遺伝子に付加された優先ラベルの存在によって押さえつけられていたようです。

では優先ラベルの存在が判明した今、ヒトの単為生殖も可能になるのでしょうか?

研究結果は「そう簡単ではない」と告げています。

一番の理由は、成功率の低さにありました。

227個中大人になれたのは1個のみ

父親は不要!? 単一の未受精卵だけで子マウスを作ることに成功!
(画像=成功率の低さは改変するタグの数が不十分だったからだと考えられます。 / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

今回の研究において研究者たちは、227個の未受精卵または卵母細胞を材料にして実験を開始しました。

このうち細胞分裂をへて「胚」の段階に達したのは192個でしたが、マウス子宮内部で満期の胎児にまで成長したのはわずか14個(匹)のみでした。

また14個(匹)のうち、生きてうまれてきたのは3匹のみであり、大人になるまで生き残ったのは1体だけでした。

さらに生きてうまれた3匹も通常の子マウスと比べて体重が少なく、いくつかの遺伝的異常(奇形など)をもっていました。

この低い成功率の原因として考えられるのは、優先ラベルの操作不足と考えられます。

今回の研究で操作対象となった優先ラベルは7個のみでしたが、他の研究では優先ラベルが他にも71個存在することが報告されています。

研究者たちが行ったラベル操作は卵子を勘違いさせるには十分でしたが、健康な次世代を作るには不足していたようです。

現実の畜産業やヒトに適応するには、さらなる実験データの収集が必要になるでしょう。

それでも、未受精卵のみを材料にして少なくとも1匹のマウスを大人にできたことは、大きな進歩と言えます。

2019年に行われた研究では、幹細胞のみを材料にしてマウス胚を創造することに成功するなど、生殖と発生にかかわる技術は急速に進んでいます。

精子・卵子・体細胞・受精卵・胚などの境界がなくなった場合、私たちは何をもってして命の尊厳とするか、考え直さなければならないのかもしれません。


参考文献

Fatherless mice are created in the lab only from unfertilized mouse eggs

元論文

Viable offspring derived from single unfertilized mammalian oocytes


提供元・ナゾロジー

【関連記事】
ウミウシに「セルフ斬首と胴体再生」の新行動を発見 生首から心臓まで再生できる(日本)
人間に必要な「1日の水分量」は、他の霊長類の半分だと判明! 森からの脱出に成功した要因か
深海の微生物は「自然に起こる水分解」からエネルギーを得ていた?! エイリアン発見につながる研究結果
「生体工学網膜」が失明治療に革命を起こす?
人工培養脳を「乳児の脳」まで生育することに成功