冬眠中の血は特別なようです。

日本の広島大学と北海道大学で行われた研究によれば、冬眠中のツキノワグマから抽出した血清をヒト筋肉細胞に注いだところ、総タンパク質量が顕著に増加していることが確認できた、とのこと。

冬眠中のツキノワグマの血には「絶食したまま動かない」という厳しい条件でも筋肉量を維持するための何らかの成分が含まれており、その未知の成分がヒト細胞でも作用したと考えられます。

もしその成分を特定し人間へ応用できれば、寝たきり老人の発生防止やリハビリの効率化など幅広い分野で決定的な役割を果たすようになるでしょう。

研究内容の詳細は2022年1月25日に『PLOS ONE』にて公開されました。



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冬眠中のツキノワグマの血清には人間の筋肉を増やす効果があると判明!

冬眠中のツキノワグマの血清には人間の筋肉を増やす効果があると判明!
(画像=冬眠中のツキノワグマの血清には人間の筋肉を増やす効果があると判明! / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より 引用)

現在の地球上には冬眠する多くの動物が存在します。

冬眠のメカニズムには不明な点が数多くありますが、最も奇妙な点として、骨格筋量の維持があげられます。

人間の場合、ベッドの上で生活するなどして骨格筋を使わないでいると、骨格筋を構成するタンパク質が1日あたり平均して0.5%~1%の速度で失われていきます。

しかし冬眠中のクマは4カ月~7カ月にもわたり「絶食したまま動かない」状態にありながら、冬眠の前後で筋肉量がほとんど変化しません。

またクマ同様に冬眠することが知られているリスでは、筋肉量の変化は全くみられないことが知られています。

同様の絶食と不活動に対する筋肉量の維持は、他の冬眠を行う動物にも、広く観察されています。

また後述するように、人間においても冬眠していたとしか思えない事例がいくつか報告されています。

このことは、冬眠が特定の種の持つ固有の生命現象ではなく、冬眠状態を作り出す何らかの共有システムが幅広い種に存在している可能性を暗示します。

しかし冬眠のメカニズムはほとんど解明されておらず、特に人間にかんしては基礎的な実験データが不足していました。

そこで今回、広島大学と北海道大学の研究者たちは、冬眠中のツキノワグマから抽出した血清を培養されたヒト筋肉細胞にふりかけて、何が起こるかを確かめることにしました。

結果、冬眠中のクマ血清がヒト筋肉細胞の総タンパク質量を増加させることが判明しました。


またタンパク質量増加が起きた要因を調べると、筋タンパク質の分解が抑制されていることが判明します。

筋肉では、新しい筋タンパク質の合成と既存の筋タンパク質の分解が同時に行われており、合成と分解の速度が等しいときに、筋肉量を維持することが可能になります。

冬眠中のクマ血清は、筋タンパクの分解を抑制することでこのバランスを合成優位に変化させる効果があり、結果としてタンパク質の総量の増加が起きたと考えられます。

使わなくても衰えない筋肉を目指す

冬眠中のツキノワグマの血清には人間の筋肉を増やす効果があると判明!
(画像=使わなくても衰えない筋肉を目指す / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より 引用)

今回の研究により、冬眠中のツキノワグマの血がヒト筋細胞に作用してタンパク質の分解を抑制することで総タンパク質量を増加させていることが示されました。

追加の実験で冬眠期ではないツキノワグマの血清をヒト筋細胞に注がれましたが、総タンパク質の増加は冬眠期のようにはみられませんでした。

クマ自身も冬眠していない状態での不活動は、筋肉量の減少を引き起こすことが知られています。

冬眠中のツキノワグマの血清には人間の筋肉を増やす効果があると判明!
(画像=人間の冬眠が起きたとされる事例 / Credit:いらすとや . ナゾロジー編集部(説明文追加)、『ナゾロジー』より 引用)

分化したヒト骨格筋由来培養細胞(右)と冬眠期・活動期血清のタンパク質量増加比較(左) / Credit:広島大学,ナゾロジー編集部(説明文追加)

研究者たちは冬眠中の動物がもつ「使わなくても衰えない筋肉」の仕組みを解明することができれば、寝たきり防止や手術後のリハビリテーションの効率化が実現すると考えています。

(※以降は人間の冬眠が起きたとされる事例を紹介します。本研究とは別件です)