自然界において、コウモリとガほど熾烈なライバル関係はめったにお目にかかれません。

この2つの生物は、「食うものVS食われるもの」の激しい争いを進化の応酬によって繰り広げてきたのです。

両者の争いは、約6500万年前コウモリが超音波パルスを利用したエコロケーションの獲得まで遡ります。

コウモリの餌であるガは、強力な超音波探知能力をかいくぐるため、高いステルス能力を進化させていったのです。

それはさながら、レーダー技術とステルス戦闘機のアップデートを繰り返す国家間の軍拡競争に似ています。

この争いは、現時点ではどちらがリードしているのでしょうか?

以下で詳しく見ていきましょう。

目次

  1. コウモリ最強の超音波探知能力をいかに攻略するか
  2. 無敵のエコロケーション、破れたり?

コウモリ最強の超音波探知能力をいかに攻略するか

コウモリとガの生存競争は、両者が交互に新たな技術を編み出すという流れではありません。

むしろ、コウモリが最初に獲得してしまった強大な能力を、ガがいかに乗り越えるかというものでした。

コウモリが獲得したのは超音波を利用した「エコロケーション (反響定位)」という能力です。

エコロケーションとは、超音波を出して、その反射(エコー)を感じ取ることで周囲の情報を得るという技術です。

これにより、コウモリは環境内における自分の位置と周囲の事物との相対的な速度、獲物の居場所などを高精度で把握できるようになりました。

これはイルカも利用していることが知られていますが、人間もソナーやレーダーという軍事技術として利用しています。

超音波によるエコーロケーションを獲得したおかげで、コウモリは他の空飛ぶ捕食者にはできない狩りを実現しました。

視覚を必要としないので夜間に狩りができ、夜行性の昆虫をねらって食べる機会を得たのです。

「コウモリとガ」の進化がまるで軍拡競争のようになっていた
(画像=無敵のエコロケーションをどう破るか? / Credit: jp.depositphotos、『ナゾロジー』より引用)

これに対し、コオロギ、クサカゲロウ、キリギリスなどは為すすべもありませんでした。

しかしその中で、ガはコウモリの超音波に対して、並外れた適応力を発揮させたのです。

耳をよくする&超音波を妨害する

まず、多くのガは、コウモリの音に敏感に反応する聴覚を進化させました。

これにより、コウモリの接近をいち早く察知して、茂みに隠れたり、飛び去ったりといった回避行動が取れます。

また、コウモリに「毒がありますよ」と知らせるため、自ら超音波を出すよう進化した種もいます。

毒のあるガがコウモリに聞こえるような超音波を出せば、彼らはその超音波を出すガを「嫌な味」と結びつけて学習し、狙わなくなるのです。

それから種類によっては、コウモリのエコロケーションを「妨害」することもできます。

コウモリのエコロケーションのタイミングに重ねるように自ら超音波を発することで、コウモリを混乱させ、ターゲットへの到達を困難にさせるのです。

しかし一方で、ガの中には耳を持たなかったり、超音波を出せない種もたくさんいます。

では、そうした種はどのような対策を取っているのでしょうか?

無敵のエコロケーション、破れたり?

耳のよさや超音波の妨害は、危機が迫っているときのみ使う、いわば能動的(アクティブ)な防御能力です。

しかしそれができないガは、近くにコウモリがいるか否かにかかわらず、常に機能する対策、いわば受動的(パッシブ)な防御能力を発達させます。

代表的なものは主に2つ。

1つ目は「音響カモフラージュ(acoustic camouflage)」です。

たとえば、タコが岩に溶け込んだり、昆虫が葉っぱにそっくりだったりする視覚的カモフラージュがありますが、これはその音響バージョンになります。

具体的には、翅(はね)や体をおおう鱗粉を進化させ、エコロケーションの音エネルギーを吸収するのです。

その結果、コウモリが受け取るはずのエコーが減少し、ガの居場所が特定できなくなります。

しかも、鱗粉はそれぞれの音波に対して、微妙に異なる周波数で振動します。

そのため、コウモリが狩りに使う11〜212キロヘルツのすべての周波数の音を吸収できるのです。

「コウモリとガ」の進化がまるで軍拡競争のようになっていた
(画像=左側が音の吸収率を示したもの(黒い部分は完全に吸収され、赤いほど反射率が高い) / Credit: Thomas Neil and Marc Holderied(University of Bristol, 2021)、『ナゾロジー』より引用)

2つ目は「音響デコイ(acoustic decoy)」です。(※decoy=おとり)

これは、魚や蝶に見られる体模様に相当します。

具体的には、捕食者の攻撃を、頭などの致命的な部位から、ヒレや翅の先端といった命に別状のない部位にそらす機能です。

ガの場合、翅の先端にある細長いねじれた構造物がおとりになります。

種によっては、後翅が非常に細長く伸びており、先っぽがねじれた形をしています。

「コウモリとガ」の進化がまるで軍拡競争のようになっていた
(画像=円で囲んだ部位が「おとり」 / Credit: University of Bristol(The Conversation, 2022)、『ナゾロジー』より引用)

先行研究によると、コウモリはガの本体よりも、おとり部分を攻撃する傾向にあることがわかっています。

おかげで、たとえコウモリに襲撃されても、生き延びられる確率が高くなるのです。

以上のようなガの防衛手段は次々と発見されており、エコロケーションへの対抗策がまだ豊富にあることを伺わせます。

現在のところ、両者の生存競争はガの方に軍配が上がっているようですが、コウモリもエコロケーションの種類を変えたりと奮闘しています。

コウモリとガの生き残りをかけたバトルが奇しくも、生命の秘めたる潜在能力を開花させているのです。

参考文献
Moths and bats have been in an evolutionary battle for millions of years – and we’re still uncovering their tricks
Moth wingtips an ‘acoustic decoy’ to thwart bat attack, scientists find

提供元・ナゾロジー

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