私たち人間は、重力のある地球上で健康を保てるようになっています。
そのため無重力や微小重力の環境で長期間生活すると、さまざまな健康リスクを抱えることになります。
実際、国際宇宙ステーション(ISS)で生活する宇宙飛行士の70%は、「視界がぼやけて視力が低下する」と言われています。
しかもこの症状は、地球に戻っても続く場合があるのです。
そして最近、アメリカ・サウスカロライナ医科大学(MUSC)神経学部に所属するマーク・ローゼンバーグ氏ら研究チームは、宇宙飛行士の視力の低下が、脳につながる静脈の膨張と関連していたと報告。
研究の詳細は2021年10月27日付の科学誌『JAMA Network Open』に掲載されました。
目次
宇宙で視力が低下する原因とは?
宇宙飛行士たちは、宇宙空間でさまざまな健康問題と戦うことになります。
筋力と骨密度の低下は、その代表的な例です。
地球のように重力に逆らって生活する必要がないため、宇宙生活が長ければ長いほど、その機能が衰えてしまう宇宙生活が長ければ長いほど、その機能が衰えてしまうのです。
また宇宙放射線の被ばくにより、がんになるリスクが高まるとも言われています。
そのためISSの医療チームは、そこで生活する宇宙飛行士を被験者として、将来のリスクを軽減するためにさまざまなデータを収集してきました。
そして視力の低下も、宇宙空間が与える悪影響の1つです。
宇宙空間が目に及ぼす悪影響は、SANS(spaceflight-associated neuro-ocular syndrome)と呼ばれています。
現在、SANSは宇宙飛行士にとって常識であり、視力の低下に備えて宇宙に眼鏡をもっていくこともあるのだとか。
では、SANSの原因はどこにあるのでしょうか?
ローゼンバーグ氏らの研究により、新しい発見がありました。
宇宙では目の奥の静脈が膨張していた
SANSの症状としてよく知られているのは、視力の低下だけではありません。
眼球の形が変化したり、網膜が損傷したりするのです。
通常は地球に戻ってから数週間以内に回復しますが、時には数カ月から数年かかる場合もあります。
SANSの原因を調べるため、ローゼンバーグ氏らは、12人の宇宙飛行士を対象とし、宇宙旅行の前後で頭蓋骨内の静脈をMRIでスキャンしました。
その結果、SANSと目の奥に位置する硬膜静脈洞(こうまくじょうみゃくどう)の膨張に相関関係が認められました。
これは脳から心臓に血液を運ぶための大きな静脈であり、血液循環における重要な役割を果たしています。
本来であれば変化があってはならない部分なのですが、SANS患者では膨張と血液量の増加が見られたのです。
これには無重力による血流の変化が関係していると考えられます。
通常、重力がある場所では血液自体も下に引っ張られるため、ある意味「血流が悪い」状態にあります。
しかし人間の体にとっては、この状態が正常であり、健康を保つための大切な条件なのです。
そして無重力環境では、その条件がなくなります。
体内の血液分布が変化し、心臓より上の頭や目により多くの血液が流れてしまうのです。
つまり無重力による血流の変化が目に物理的な悪影響を与え、視力の低下につながっていました。
この新しい発見は、宇宙飛行士たちが自分の目に生じるトラブルをよく理解するのに助けとなるでしょう。
とはいえ、まだSANSには分かっていないことがたくさんあります。
研究チームは今後、ISSにMRI装置を設置して宇宙での脳スキャンを可能にしたいと考えています。
提供元・ナゾロジー
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