物語も絶滅を繰り返してきたようです。

英国オックスフォード大学(University of Oxford)で行われた研究によれば、物語の複製と伝達そして喪失を生物学的な方法で解析したところ3割の物語(種)と9割の写本(個体)が失われていた可能性がある、とのこと。

物語の誕生・複製・絶滅を生物学的な観点からながめることで、物語たちの系統や進化・継承の過程を理解できるようになるかもしれません。

研究内容の詳細は2022年2月17日に『Science』にて掲載されました。

物語も絶滅を繰り返してきたようです。

英国オックスフォード大学(University of Oxford)で行われた研究によれば、物語の複製と伝達そして喪失を生物学的な方法で解析したところ3割の物語(種)と9割の写本(個体)が失われていた可能性がある、とのこと。

物語の誕生・複製・絶滅を生物学的な観点からながめることで、物語たちの系統や進化・継承の過程を理解できるようになるかもしれません。

研究内容の詳細は2022年2月17日に『Science』にて掲載されました。

目次
物語の「絶滅」を生物学的に分析した研究が発表!
3割の物語(種)が絶滅し9割の写本(個体)が失われた

物語の「絶滅」を生物学的に分析した研究が発表!

暗黒時代に失われた物語を生物学的な「大量絶滅」として分析してみた(オックスフォード大学)
(画像=物語の「絶滅」を生物学的に分析した研究が発表! / Credit:Canva、『ナゾロジー』より引用)

物語は文化という環境の中を生き抜く「生命」としての側面があります。

物語も生物と同じように誕生し、複製され、ときには突然変異し、災害や戦火で完全に失われ「絶滅」することがあります。

また物語の内容はDNAと同じく文字列でつづられており、生物と同じく複製のたびにエラーが発生します。

最新の研究では、生物の突然変異は中立かつ均等に起こるのではなく、酸素呼吸のように生存に不可欠な遺伝子には、変異が起きにくいようにプロテクトがかけられていることがわかっています。

同様に物語が複製されるときに生じるエラーも、文末表現やちょっとした表現の違いなど重用でない部分で起きやすい一方で、主人公の名前など重要な部分は変化が起こりにくくなっています。

物語には突然変異の概念も存在します。

書き写しを行っている人物の気まぐれで、ちょっとした小話が刺し込まれる小さな変異から、他の物語の一説をまるまる取り入れたり、特定の場面をごっそり削除する置換や欠損がたびたび起こります。

そしてときには、全く別の物語と融合を起こし、2つの物語の主人公のが1人へとまとめ上げられる習合が起こります。

物語の繁殖と衰退も生物と同じように起こります。

文化に適応した(人気になった)ものは複製が盛んになって急激に増殖する一方で、適応性が低い(不人気な)ものは複製も少なく減少していき、最後には絶滅してしまいます。

また絶滅は単なる衰退だけが原因ではありません。

巨大隕石や破局噴火などによる生命の大量絶滅が起こるのと同じく、物語にも大規模な絶滅が発生します。

印刷技術がなかった時代、物語は全て手書きで複製されており、増殖率は極めて限定的でした。

また物語の生息地も広くなく、主に王族や貴族の邸宅、図書館、修道院など限られた場所にのみ存在しました。

そのためこれら限定された生息地が火災などで失われるたびに、膨大な物語が「絶滅」したのです。

また物語は生物と同じく系統樹があり、時間や距離の乖離が大きいほど、遺伝子というべき内容の違いが大きくなる傾向があります。

このように、物語には生物と同じように思える要素が複数みられます。

そこで今回、オックスフォード大学の研究者たちは、物語の進化と絶滅の歴史を、本来ならば生物に対して適応される「生態学」を用いて分析することにしました。

現代のスーパーコンピューターを用いるような高度な生態学では、現存する生命の遺伝的な解析を行うことで、現代の生物がいかにして拡散したかや、絶滅した生物の数や絶滅した時期を、かなりの精度で予測できるようになりました。

生物的な挙動をする物語に対してこの生態学的な分析を行えば、生き残っている物語と絶滅した物語の比率も算出することが可能です。

研究者たちはさっそく、物語の性質を生物に置き換えて、生態学的な調査を行いました。

すると物語の世界の厳しい現実が浮き彫りになります。

3割の物語(種)が絶滅し9割の写本(個体)が失われた

暗黒時代に失われた物語を生物学的な「大量絶滅」として分析してみた(オックスフォード大学)
(画像=絶滅した物語は永遠に失われてしまった / Credit:Canva、『ナゾロジー』より引用)

生態学では特定の範囲に住む生物をサンプリングして、未発見の種がその地域にどれほど存在するかを確かめる手法がとられています。

この手法では新種がとれた数、サンプリングの範囲、森の広さを比較して、その森全体にどれほどの未発見の種が存在するかを概算します。

物語の生態学を分析するにあたって研究者たちは過去のヨーロッパに誕生した物語を「種」として解釈しました。

そして生き残っている物語原本のコピー数を採取して多様性を分析し、本来存在すると考えられるバリエーションの総数を算出しました。

分析の対象となったのは、ドイツ・アイルランド・アイスランド・オランダ・フランス・英国の言語で記録された799種の物語とそれぞれの物語の内容を記した3648冊の写本でした。

研究者たちがこれら種と個体の多様性を生態学的な分析にかけたところ、元々は1170種の物語と、40600冊の写本が存在したことが示されました。

物語の種としての絶滅率は30%ほどになり意外と低かったものの、物語の多様性のパラメーターとなる写本は実に90%が失われていたのです。

また地域によって物語の生存率は大きく異なることが判明します。

ドイツ・アイルランド・アイスランドで複製された中世の物語種の75%は、少なくとも1つの写本で生き残っていることが示唆されました。

しかしオランダとフランスでは生存率は50%に、英国ではさらに低く38%の物語しか生き残れなかったことが示されます。

これら物語「種」の生存率の差は、複写の盛んさ(増殖率の高さ)や生息地の分布範囲の広さにあると考えられます。

アイルランドやアイスランドといった島々では物語の複製が盛んであったことが知られており、さらに多くの写本が島内で均一に分散している状態にありました。

そのため図書館や修道院などの一部の生息地が火災で失われても、生き残った物語が速やかに再複製されたために、高い生存率を誇っていたのです。

一方で、フランスなどでは物語の複写があまり盛んではなく(増殖率が低く)時間の経過や災害によって絶滅する物語が多くなってしまいました。

そして英国では、物語の生息地であった修道院がヘンリー8世によってほとんど解散されてしまったため、物語の絶滅が頻発したと考えられます。

中世において修道院は物語を含む本の複写が行われた数少ない場所であり、私たちが古代ローマや古代ギリシャ時代の人々の文献を知ることができるのは、修道士たちの長年にわたる複写のお陰でした。

その修道院が閉鎖されたわけですから、物語たちの生息地はほぼ壊滅状態になったと考えられます。

また1066年にイギリスがフランス語を話すノルマン人に支配されたことも、英語で書かれた物語の絶滅に寄与した可能性があります。

物語にとって一番の災厄は、人間の政治と戦争だったと言えるでしょう。

絶滅した物語には、いったいどんな英雄の活躍が秘められていたのか……今となっては誰も知ることはできません。

現在多くの人々が知るアーサー王の伝説が生き残ったのは、そんな大量絶滅を運よく生き延びらたからに過ぎないのでしょう。


参考文献

Everyone has heard of King Arthur, but 90% of medieval manuscripts of chivalric and heroic tales have been lost

元論文

Forgotten books: The application of unseen species models to the survival of culture


提供元・ナゾロジー

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