二酸化炭素を発酵させられるようです。

米国ノースウェスタン大学(NU)で行われた研究によれば、空気中の二酸化炭素を人工細菌を使って「発酵」させることで、アセトンやアルコール類(イソプロパノール)などの有機溶媒を極めて高い効率で生産することに成功したと発表。

私たちが目にする身近な発酵は通常、デンプンやタンパク質など多数の炭素原子を含む分子を細菌たちが分解することで進行します。

しかし新たに開発された人工細菌は、炭素が1個しか含まれない二酸化炭素(CO2分子)を炭素源として空気中から吸い込み、光エネルギーを使わずに分解(発酵)させて、工業的な価値の高い有機溶媒へと変換することが可能です。

実用化が進めば、大気中の二酸化炭素を除去しながら高価な化学薬品を作れるようになるでしょう。

ですが、二酸化炭素すら発酵させる「人工細菌」とは、いったいどんな存在なのでしょうか?

研究内容の詳細は2月21日に『Nature Biotechnology』にて公開されています。

目次

  1. 空気中の「二酸化炭素を発酵」させてアルコールを作成することに成功!
  2. 生産効率が従来の800倍
  3. 空気を材料にプラスチックが作れるようになる

空気中の「二酸化炭素を発酵」させてアルコールを作成することに成功!

空気中の「二酸化炭素を発酵」させてアルコールを作成することに成功!
(画像=空気中の「二酸化炭素を発酵」させてアルコールを作成することに成功! / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より 引用)

人類は古くから微生物の行う発酵を利用して、お酒やチーズなどの食品を作り出してきました。

糖分やタンパク質、脂質は、無数の炭素原子が連なった巨大分子で、これは多くのエネルギーを保持していて、分解することでそのエネルギーを放出させることが可能です。

私たちの脂肪がエネルギー貯蔵の役割を果たすのも、こうした理由からです。

そのため多くの細菌たちは、有機分子の分解時に発生するエネルギーを目当てに発酵に手を貸してくれるのです。

そして地球上に生息する細菌たちには分解するにあたって、好みの炭素数があることが知られています。

デンプンやタンパク質など多くの炭素を含む分子を分解するのが好きな細菌んもいれば、ほんの数個の炭素しか含まない小分子の分解を好む細菌も存在します。

では1個の炭素しか含まない二酸化炭素(CO2)の分解を好む生物は存在するのでしょうか?

答えは「存在する」のようです。

驚くべきことに、いくつかの細菌(嫌気性アセトジェンなど)は光を使うことなく、植物と同様に二酸化炭素を分解してエネルギーを生産することができるのです。

つまり通常の微生物がデンプンやタンパク質をたべる一方で、一部の細菌は二酸化炭素を「食べる」ことが可能なのです。

またこれら奇妙な細菌は、二酸化炭素を「食べる」とアセトンやアルコールの一種であるイソプロパノールといった、消毒薬や保存薬に用いる価値ある化学薬品を「排出」します。

イソプロパノールはエタノールよりも新型コロナウイルスに対して高い効果がある殺ウイルス剤として、現代社会になくてはならない消毒薬として知られています。

またアセトンも工業的な利用価値が高い化学物質であり、プラスチック・合成繊維などの生産に必須の薬品になっています。

ただ自然界に存在する細菌が化学薬品を生産する効率はあまり高くなく、商業への利用は進んでいませんでした。

そこで今回、LanzaTech社の研究者たちは、薬品の生産効率をあげるために、複数の細菌から優れた遺伝子を抽出して合成することで、自然界には存在しない合成生物(人工細菌)を作り上げました。

新たに創造された合成生物は、どのくらいの二酸化炭素を吸い込み、どれほどの化学薬品を作る能力が強化されたのでしょうか?

生産効率が従来の800倍

空気中の「二酸化炭素を発酵」させてアルコールを作成することに成功!
(画像=空気中の「二酸化炭素を発酵」させてアルコールを作成することに成功! / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より 引用)

開発された合成生物の性能を検証するため、研究者たちはさっそく細菌に二酸化炭素を与え、生産される薬品の量を測定しました。

すると従来の細菌に比べて、この合成生物は生産効率が800倍近く上昇していたのです。

さらに、アセトン1kgを生産するにあたり1.78kgの炭素が、イソプロパノール1kg生産するにあたり1.17kgの炭素が消費されていることが判明したのです。

これは現代の炭素排出量を気にする社会においては画期的なことです。

なぜなら従来の方法では、アセトンやイソプロパノールの生産には石油が使われており、これらを生産すると二酸化炭素が排出される状況となっていました。

石油を材料に製造する場合、アセトン1kgを作るには2.55kg、イソパノール1キロを作る際には1.85kgの二酸化炭素が放出されていたのです。

研究者たちは合成生物を用いた製造法が普及した場合、これらの化学薬品の製造時に排出される温室効果ガスの量は、石油による生産時のマイナス160%になると算出しました。

つまりこれまで薬品生産で排出されていた二酸化炭素量の60%分が、逆に大気中から失われていくことになるのです。

空気を材料にプラスチックが作れるようになる

空気中の「二酸化炭素を発酵」させてアルコールを作成することに成功!
(画像=空気中の「二酸化炭素を発酵」させてアルコールを作成することに成功! / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より 引用)

今回の研究により、空気中の二酸化炭素の吸収・分解を行い、取り出した炭素を化学薬品の材料にして放出する合成生物が開発されました。

研究者たちはこの合成生物の培養漕を工場の排ガスと合体させることで、工場から排出される二酸化炭素を0レベルにすると同時に、有機化合物を効率的に生産できると考えています。

また合成生物の開発が進めば、現在は石油を材料に作られている他のプラスチックやビニールなどの製品も、大気から吸収した二酸化炭素を材料に作れるようになるかもしれません。

実際、研究チームは既に空気中の二酸化炭素を発酵させてエタノール(お酒)を作ることに成功しています。

合成生物が行う二酸化炭素の発酵効率は、植物の行う光合成よりも遥かに優れているため、将来の二酸化炭素除去技術において主要な役割を果たすようになるでしょう。

参考文献
Bacteria upcycle carbon waste into valuable chemicals
元論文
Carbon-negative production of acetone and isopropanol by gas fermentation at industrial pilot scale

提供元・ナゾロジー

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